講演情報

[G-O-1]「石灰岩の文鎮」は地学教育に活用可能か?

*星木 勇作1,2 (1. 株式会社Geostack、2. 北九州市立自然史・歴史博物館自然史友の会)
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キーワード:

地学教育、石灰岩、文鎮、教材開発、実物試料、地層観察、秋吉石灰岩

 地層や岩石に対する理解を深める地学教育の現場において,実物試料を教材として活用することの意義は大きい.これまでにも剥ぎ取り標本やボーリングコア試料のほか,学校内の建造物に使用されている石材の観察などを授業等に取り入れる試みが行われており(例えば,北沢,2011;大﨑ほか,2011;高橋・植木,2024など),実際にフィールドに赴かずとも疑似的に露頭や地層に触れ,観察することの有効性が指摘されてきた.今回の発表では,その一環として「石灰岩の文鎮」を教材に利用する可能性を検討する.

本研究では,秋吉石灰岩(山口県美祢市)から切り出された石材を,地元の授産施設(秋芳町営秋吉授産場:現在は閉業)が加工し,土産物として販売されていた炭酸塩岩からなる文鎮を主に用いる.授産場製の文鎮は,「秋吉台特産・マーブル・秋吉授産場」等と表記された花弁状の八角形のシールが貼られており,他の文鎮と区別が可能である.各文鎮は一般に手のひらサイズの直方体に成型されており,表面は研磨・塩酸などによる酸処理(エッチング)が施され滑らかである.このため,石灰岩の堆積構造などが観察しやすくなっている.個々の文鎮は,石材名で鶉(うずら),山口更紗(やまぐちさらさ),聖火(せいか)などと呼ばれる単一の石灰岩からなり,ひとつの文鎮内で複数の石材種が認められることはほとんどない.

このような石灰岩の文鎮には,地学教育における教材として多くの利点がある.まず,これらの文鎮は原岩から立体的に切り出されたものであり,地層の構造や石灰岩の質感を視覚的・触覚的に理解しやすい.また,あらかじめ研磨・面取りされているため安全性が高く,片手で持てるサイズであることから教室内での取り扱いにも適している.さらに,ルーペや実体顕微鏡を併用することで,化石や微細な構造の観察も可能となる.秋吉石灰岩については,そこから採掘された主要な石材の産地や岩相などが詳細にまとめられた報文(中澤ほか,2016)のほか,有孔虫などの産出化石,石灰岩の形成環境,テクトニクスなどについて論じた豊富な研究論文(例えば,太田,1968;上野,1989;藤川ほか,2009など)が存在し,状況に応じてより進んだ探究活動の題材としても活用しやすい.

現在の小・中学校における学習指導要領(文部科学省,2017a,2017b)においても,地層や岩石の観察・分類・成因の理解は重要な学習内容である.とくに中学校理科では「地層のでき方」や「堆積岩の特徴」を扱う単元が存在し(文部科学省,2017b),また高等学校「地学基礎」でも岩石の区別や形成環境の理解が求められている(文部科学省,2018).石灰岩の文鎮は,これらの内容に対応する教材として有効と考えられる.

一方で,いくつかの課題も存在する.まず,文鎮の入手方法についてである.秋吉石灰岩産の文鎮はかつて秋芳洞などの観光地周辺の土産物店で広く流通していたが,現在では新たな生産業者はおらず,現地の商店で販売中のものを購入するか,ネットオークションやフリマアプリなどを通じて入手しなければならない.授業で使用するには生徒数分の文鎮を揃える必要があり,現在の流通状況ではその確保が難しい場合がある.また,石灰岩の文鎮の多くは観察範囲が限定されるため,地層全体の連続性や広がりを把握するには補助的な資料が必要となる点が挙げられる.さらに,落下により破損しやすいという物理的な弱点もある.ただし,これらの課題は,プロジェクターや実体顕微鏡を活用した画面共有による観察,あるいはデジタル教材との併用によって一定程度克服可能であると思われる.

なお,本発表時点では,実際の学校現場で石灰岩の文鎮を用いた授業実践は行われておらず,今後の展開が期待される.教材としての実用性・教育効果の検証には,継続的なフィードバックと実践例の蓄積が必要である.今後,教育現場と研究者・地域産業の連携により,こうした地域資源を活用した新たな教材開発が進展することを期待したい.

引用文献:藤川将之ほか,2019,地質学雑誌,125,609-631;北沢俊幸,2011,地球環境研究,13,87-93;文部科学省,2017a,小学校学習指導要領(平成29年告示)解説 理科編,東京,167p;文部科学省,2017b,中学校学習指導要領(平成29年告示)解説 理科編,東京,183p;文部科学省,2018,高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 理数編,東京,365p;中澤 努ほか,2016,石灰石,399,20-43;大﨑雄平ほか,2011,フォーラム理科教育,12,47-52;太田正道,1968,秋吉台科学博物館報告,5,1-44;高橋 唯・植木岳雪,2024,理科教育学研究,64,265-274;上野勝美,1989,秋吉台科学博物館報告,24,1-39.