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[G-O-4]形状座標から復元したアンモノイドの形態的多様性変動史

*生形 貴男1 (1. 京都大学)
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キーワード:

アンモノイド、形態的多様性、幾何学的形態測定学、ユークリッド形態空間

 形態的多様性変動の研究には,化石記録が豊富で殻形態が単純な正常巻きアンモノイドが多用されてきた.多くの先行研究がなされてきたが,いずれも特定の地質時代を対象としたもので,各大量絶滅事変の個別性に焦点を絞ったものである.また,研究によって注目する形質も形態的多様性の評価方法もまちまちで,殻の巻き方に基づく研究と,螺環の形に注目した研究,及びそれらを総合した研究が混在しており,注目する形質によって変動パターンが異なることが示唆されているが,形態的多様性の評価方法がそれぞれ異なるので,互いの結果を比較することが難しい.また,殻の巻き方に関しては,Raupの理論形態モデルのパラメータを形質に取った形態空間を構成して,空間中の距離に基づいて形態的多様性を評価する方法が採用されてきたが,Raupの形態空間は原点も単位長もない非計量のアフィン空間にすぎず,異なるモデル・パラメータ間で値を比較できないので,形態空間中での形状間の距離を定義できないことが近年指摘されている.距離を定義できる形態空間を構成するには,幾何学的形態測定学の形状座標を用いるのが適当であり,アンモノイドの殻の巻き方を形状座標で表す方法も提案されているが,形態的多様性の解析に適用されてはいない.
 本研究では,殻の巻き方と螺環の形状をそれぞれ形状座標によって表す方法を採用し,アンモノイドが出現した前期デボン紀から絶滅した白亜紀末までの形態的多様性変動パターンを解析した.特に,殻の巻き方と螺環の形状とで変動パターンがどれくらい同調するか,また従来のRaupモデルを使う方法と形状座標を用いた本研究の手法とで変動パターンがどれくらい違うのかを検討した.Paleobiology Databaseに登録されているアンモノイドのうち,文献に図示された写真から計測可能な種を選び,全ての系統を網羅した6012種のデータを取得した.巻き軸を通る線分を引き,その線分が腹縁,臍の縁,半周前の腹縁とそれぞれ交わる点と巻き軸の位置に計四つの標識点を設置し,それらの一次元座標をプロクラステス整列して,巻き方を表す形状座標を求めた.一方,螺環断面を横切る正中線線分を底辺として殻幅の半分の高さを持つ二等辺三角形の頂点に標識点を設置し,それらの形状座標によって螺環の形状を表した.デボン紀のエムシアン期から白亜紀のマーストリヒチアン期までの各期について,種毎の化石産出記録のデータベース登録数で重みづけした形状座標データから,殻の巻き方と螺環の形状それぞれについて分散和を求め,その期の形態的多様度とした.
 合計51の地質時代(期)毎に求めた殻の巻き方の多様度と螺環の形状の多様度を比較した結果,両者の間には有意な正の相関があるものの,相関係数の値は0.44程度で,両者の変動パターンはかなり異なっていた.また,いずれの変動パターンも,Raupモデルに基づく従来の方法で復元した変動曲線が示すパターンとは大きく異なっていた.アイフェリアン期末,フラニアン期末,デボン紀末,サープコビアン前期,キャピタニアン期末,ペルム紀末,三畳紀末の各絶滅事変における形態的多様性の変動パターンを比較したところ,その変動はイベントによって異なるパターンを示した.フラニアン期末,デボン紀末,サープコビアン前期には殻の巻き方も螺環の形状も目立った多様性の減少を示さなかった.一方,アイフェリアン期と三畳紀最後のレーチアン期には,螺環の形状または殻の巻き方の多様性が一時的に急増した直後,絶滅事変で急減する変動が見られた.また,ペルム紀のG/L境界付近では,殻の巻き方も螺環の形状も絶滅事変直前のキャピタニアン期には多様性の減少が始まり,その後のP/T境界前後で極小となっていた.アンモノイドを対象とした先行研究では,分類群数が急減する大量絶滅事変においても形態的多様性が減少する場合とそうでない場合の両方が報告されており,イベント毎に選択圧が異なることが示唆されてきたが,全ての時代を同じ形質について同じ手法で解析した本研究もこれを指示する結果となった.