講演情報

[G-O-6]宮崎県宮崎市曽井第2遺跡で見出したイベント堆積物とその応用地質学的意義

*加瀬 善洋1、伊尾木 圭衣2、山下 裕亮3 (1. 北海道立総合研究機構、2. 産業技術総合研究所、3. 宮崎公立大学)
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キーワード:

イベント堆積物、日向灘、津波堆積物、強震動、地震、複合災害

 【はじめに】
 宮崎県沖の日向灘では,M7級の地震が数十年周期で繰り返し発生している.本地域では,歴史記録上過去最大級とされる1662年日向灘地震(以下,1662年地震)がM8級であった可能性が示されている(Ioki et al., 2023).しかし,この地震や津波の実態については不明な点が多い.
著者らは,1662年地震・津波の実態解明を目的に,歴史資料の収集や津波堆積物調査を行っている.調査の一環として,宮崎県総合博物館の協力のもと,宮崎市にある曽井第2遺跡報告書(宮崎県埋蔵文化財センター,2008)中の露頭断面において,有機質土中に挟在する1枚の砂層を確認した.ただし,報告書には砂層の記載はなく,その成因は不明であるが,写真を見る限り非常に淘汰の良い砂で構成されることから,津波起源の可能性が想定された.曽井は津波浸水想定域よりも内陸に位置しており,本砂層が津波に起因するか否かは,浸水想定の妥当性を検証する上で重要である.本講演では,曽井で行った調査結果を報告する.
【調査地域・手法】
調査地点は,現海岸線から5 km内陸,地盤標高8 mの古城川左岸に位置し,沖積低地面と,比高約1 mの地形的に高い面が分布する.背後(内陸側)には比高約10 mの完新世段丘が分布する.掘削は,ハンドオーガーやハンディジオスライサーを用いて実施し,CT画像撮影によるイベント層の有無や,イベント堆積物(後述)の供給源を推定するため砕屑物組成の検討を行った.
【結果】
沖積低地面では,地表面~深度30 cmが耕作土,深度30~170 cmが灰色粘土からなる.
一方,高い地形面では,上位から順に,地表面~深度30 cmで耕作土,深度30~71 cmで有機質~灰色粘土混じり黄褐色シルト,深度71~83 cmで植物根を含む有機質粘土,深度83~83.5 cmで砂層,深度83.5~89 cmで植物根を多く含む黒色土,深度89~125 cmで礫混じり緑灰~灰色粘土が認められた.層序関係より,礫混じり有機質粘土と植物根を含む黒色土の間に挟在される砂層が,報告書の砂層に対比される.砂層は,厚さ数mm程度で,白~灰白色を呈する非常に淘汰の良い中粒砂からなり,少量の礫を含む.曽井第2遺跡報告書(2008)に基づくと,最大層厚は10 cm程度で,西南西-東北東方向の約10 mの範囲で追跡されるものの,陸・海いずれの方向にもせん滅する分布傾向を示す.砂は軽石が大部分を占める.礫は新第三系宮崎層群由来の砂岩と灰色粘土からなり,両者が共存する.砂岩の礫は,中~大礫サイズの亜角礫である.
【考察】
沖積低地面に分布する灰色粘土は,河川沿いの低地に広く分布しており,河川の氾濫原堆積物と解釈される.高い地形面の最下部で認められる礫混じり緑灰~灰色粘土は,低い地形面の灰色粘土と同様,氾濫原堆積物と解釈される.植物根を多く含む黒色土やその上位の植物根を含む礫混じり有機質粘土は,比較的静穏な湿地環境で堆積したと解釈される.有機質堆積物中に挟在される砂層は,静穏な環境に急激に堆積したと考えられることから,イベント堆積物と認定した.
イベント堆積物は火山灰質砂からなるものの基盤岩の礫を含むことから,テフラではない.イベント堆積物と類似した軽石は,段丘の基盤となっている宮崎層群を不整合で覆って分布する(木野ほか,1984).イベント堆積物がレンズ状の堆積形態をなして高い地形面のみに分布していることを考慮すると,軽石質砂は段丘から供給された可能性が高い.軽石質砂中に含まれる基盤岩礫には中~大サイズの亜角礫が多くあることから,礫の供給源はごく近傍にあったと考えられ,段丘からの砕屑物供給と整合する.沿岸に近接する低地に分布するイベント堆積物の主な成因としては,津波,高潮,洪水等が考えられるが,上記の結果より,本地点で見出したイベント堆積物は斜面崩壊を起源とする可能性が高い.一方,宮崎県埋蔵文化財センター(2008)では,砂層直下の黒色土から古代~中世,上位の黄褐色シルトからは中世~近代の遺物が産出することが報告されている.以上を総合的に考えると,イベント堆積物を形成したイベントは,1662年地震に対比される可能性がある.
本調査結果により,1662年津波は曽井には浸水しておらず,浸水想定の妥当性が示された.さらに,歴史資料から1662年地震は強震動を伴うことが読み取れることから,本結果は強震動を伴ったことを裏付ける重要な地質学的証拠といえる.応用地質学的には,M8級の日向灘地震では,沿岸域では津波災害,内陸部では強震動に伴う斜面災害など,広域複合災害リスクが想定されることから,これらに備えた防災・減災対策が重要である.
【文献】Ioki et al. (2023) PAGEOPH. 宮崎県埋蔵文化財センター(2008)曽井第2遺跡.木野ほか(1984)宮崎図幅.