講演情報
[T12-O-5]古太古代海洋における窒素循環:32.5億年前のバーバートン帯マペペ層黒色頁岩の窒素同位体比
*元村 健人1、佐野 貴司2、清川 昌一1 (1. 九州大学、2. 国立科学博物館)
キーワード:
古太古代、窒素循環
窒素はアミノ酸等を形成する生物必須元素であり,リンと共に生物生産量を規定する元素の一つである.海洋中において,窒素は主に硝酸イオンとアンモニウムイオンとして存在しており,それらはそれぞれ酸化的海洋と嫌気的海洋において安定である.したがって地球史を通じた海洋窒素循環の進化は海洋酸化還元状態に密接に関連する.たとえば約24億年前の大酸化イベント(Great Oxidation Event; GOE;Lyons et al., 2014)によって海洋表層が酸化されたことで,古原生代を通じて硝酸イオンは海洋表層に安定に存在できており,同時期から硝化・脱窒・硝酸イオン同化が卓越する好気的窒素循環が駆動していたと考えられる(Kipp et al., 2018).一方でこれまでの研究において,貧酸素環境であった古太古代海洋では窒素固定とアンモニア同化が主要な窒素の生物代謝反応であると考えられてきた.一般に,この二つの経路は小さな(正味の)同位体分別を起こすが,このような嫌気的窒素循環だけでは説明できない正の窒素同位体比は,古太古代からも報告されており(参照:Stüeken et al., 2016),その原因は不明であった.本研究では,約32.5億年前に堆積したバーバートン帯フィグツリー層群マペペ層に含まれる黒色頁岩の有機炭素・窒素同位体比と主要元素分析を実施した.研究対象はバーバートン帯南東部のコマチ川沿いの露頭である.本露頭ではチャート・黒色頁岩・鉄鉱層が約120 mにわたって露出する.またそこでは,砂岩等の粗粒な砕屑岩は認められないことから,本研究対象は比較的深いファシスの堆積物であると考えられる.検討セクションは断層によって6ユニット(B1, B2, C, D1, D2, and E)に分割されるが,各ユニット中において地層は整然とする.黒色頁岩は最大で5 wt.%ほどの有機炭素含有量であり,また,鉄含有量は最大39 wt.%に達する.それらの鉄は主に鉄酸化物・鉄珪酸塩鉱物(硬緑泥石等)として黒色頁岩中に含まれており,硫化物はほとんど観察されなかった.有機炭素同位体比は平均で−25‰であり,Cユニット(約20 m)中で−5‰ほどの一時的な減少を示す.窒素同位体比(δ15Nbulk)は平均で+5.1‰であり,Cユニット中で+8.7‰に達する上昇を見せる.先行研究によって推定された有機物のラマンスペクトル分析に基づく変成度はおおよそ緑色片岩相であり(Tice et al., 2004),本研究で得られたH/C比についてもこれと矛盾しない.また,フッ化水素酸によって抽出された有機物残渣の窒素同位体比(δ15Nkerogen)もCユニットにおいて+6‰程度の値を取ることから,本研究で得られた正の窒素同位体比は,初生的な特徴であると考えた.先に述べたように,このような正の窒素同位体比は,一般的な嫌気的窒素循環では説明できない.またバーバートン帯中央部より掘削されたコア試料中のマペペ層鉄酸化物が約+2‰の鉄同位体比を持つことから,マペペ層堆積時の海洋表層は酸素を全く含まないと考えられる(Busigny et al., 2017).つまり,GOE以降のような好気的窒素循環によって窒素同位体比が高くなったことも考えにくい.本研究では,検討セクションにおいて,窒素同位体比と鉄含有量が正の相関関係を示すことを新たに発見した.さらに有機炭素同位体比は鉄含有量と負の相関関係を示す.このような関係は,古太古代の嫌気的かつ鉄イオンに富む海洋において鉄・窒素・炭素循環が連動していたことを示す.つまり本研究結果は,古太古代海洋において鉄酸化物が酸素に変わる生物代謝の主要な電子受容体であったことを示唆する.引用文献:Busigny et al., 2017. Geochim. Cosmochim. Acta 210, 247–266.Kipp et al., 2018. Earth Planet. Sci. Lett. 500, 117–126.Lyons et al., 2014. Nature 506, 307–315Stüeken et al., 2016. Earth-Sci. Rev. 160, 220–239.Tice et al., 2004. Geology 32
