講演情報

[T12-P-7]日本海堆積物コアのバイオマーカー分析による後期中新世の高解像度海洋環境変動の復元

*星 恒太郎1、沢田 健1、関 有沙2、多田 隆治3 (1. 北海道大学、2. 深田地質研究所、3. 千葉工業大学)
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キーワード:

藻類バイオマーカー、IODP、ReCoRD、日本海、中新世

 現在の日本海はユーラシア大陸と日本列島に囲まれた縁海であり、最大3000mを超える水深に対して、隣接する海域とは4つの最大130m程度の浅い海路で接続しているのみである(Cheng et al., 2025)。地質時代においては海水準変動や隆起・沈降により海水流入の経路が大きく変動したと考えられている(Matsuzaki et al., 2018)。前期から後期中新世初期にかけての温暖な時期では、現在の日本海における海路以外にフォッサマグナや東北〜サハリンにかけて存在していた列島間からも外海と接続しており、現在の閉鎖的な日本海とは異なった古海洋環境が広がっていたと推定される。また、この温暖期とその寒冷期の間(10.8 Ma)にTortonian thermal maximumと呼ばれる短期間の急激な温暖化が南シナ海において報告されている(Holbourn et al., 2021)。この温暖化イベントが日本海周辺の環境に影響を及ぼしたかどうかは未解明である。中新世の日本海は海洋環境が大きく変動した時期である一方でそれ以降の時代と比較すると、高時間解像度の古海洋変動の研究例は少ない。本研究では特に10.8Ma前後に着目し、バイオマーカー分析を用いて中新世における日本海の高時間解像度な古海洋および基礎生産変動を行った。本講演ではその予察的な結果を報告する。

本研究ではIODP Expedition 346 Site U1430で掘削され、2024年に実施されたリポジトリコア再解析プログラム(ReCoRD; ReC23-03)でサンプリングされた深海掘削堆積物コアを用いた。Site U1430は日本海のほぼ中央部に位置する大和堆で掘削された中期中新世から完新世までの堆積物が採取されている。本研究では7個の岩層層序サブユニットのうち、珪藻軟泥とシルト質粘土の互層から構成されるサブユニット3Aに着目し、高解像度のサンプリングを行った。サブユニット3Aの特徴として非常に細かいラミナが確認されている他、11〜9.7Maの範囲で約4万年周期で堆積環境が酸化的と還元的で周期的に変動していることがReCoRDのサンプリングパーティにおいて報告されている。凍結乾燥処理した堆積物試料を有機溶媒で抽出した後に、シリカゲルカラムによって無極性〜極性成分に分画した。すべての極性画分をGC-MSおよびGC-FIDを用いてバイオマーカー分析を行った。

U1430コアにおいて、ハプト藻起源のアルケノン、珪藻・真正眼点藻などに由来する長鎖アルキルジオール、珪藻起源のC25 HBIアルカンおよびチオフェン、渦鞭毛藻起源のDinosterolをはじめとする様々な藻類起源のステロイドが検出された。海洋表層環境の変動については、アルケノンと長鎖アルキルジオールの2つの古水温計から得られた表層水温を比較した結果、アルケノン古水温計の方が7℃程度高い復元値を示した。Herbert et al (2016)で報告されている同緯度の北太平洋他地域と比較を行った結果、アルケノン古水温が当時の水温より高く復元されている可能性が示唆された。検出された藻類バイオマーカーの濃度およびMass accumulation rateから高解像度の藻類ごとの海洋表層における基礎生産変動を復元した。総じて有機物の濃度は高く、先述したDinosterolおよび円石藻・珪藻由来のBrassicasterolが全ステロイド中の10〜20%と高い寄与を示した。このことから温暖な表層において渦鞭毛藻・円石藻による活発な基礎生産がおきていたことが示唆される。またステロイドは生合成されるステロールとステロールが還元的な環境で飽和化して生成するスタノールの両方が検出されている。この比を用いて底層の酸化還元を復元した結果、層準ごとに顕著な変動が見られた。またステロイドの起源ごとに値にばらつきが見られたことも特徴的である。特に珪藻や円石藻等の二次共生藻類起源とされるC28ステロールと陸上高等植物起源とされるC29ステロールで値が大きく異なったことから、それぞれのバイオマーカーの堆積過程や供給源を詳細に議論する必要がある。本講演ではITRAX XRF Core scannerを用いて取得されたU1430コアの主要元素の濃度変動データとバイオマーカーから復元された酸化還元変動と比較・検討を行う。

引用文献
Cheng, Y. et al. (2025) EPSL, 661, 119385.
Matsuzaki, K. M.et al. (2018) PEPS, 5(1), 54.
Holbourn, A. et al. (2021) Paleoceanogr. Paleoclimatol., 36(7), e2021PA004267.
Herbert, T. D. et al. (2016) Nat. Geosci., 9(11), 843–847.