講演情報
[T12-P-9]インドメガラヤ州Um Sohryngkew川セクションにおける
K/Pg境界近傍の古環境復元
*俵 直弥1、PHUKAN Sarat2、BORGOHAIN Dipima3、狩野 彰宏4、齊藤 諒介1 (1. 山口大学、2. Gauhati University、3. Indian Institute of Technology Bombay、4. 東京大学)
※著者氏名一部追加(2025.9.4)
キーワード:
白亜紀末、大量絶滅、有機地球科学、デカントラップ、コロネン、ビチュメン、堆積岩
本研究は、インド・メガラヤ州のUm Sohryngkew川セクションにおけるK/Pg(白亜紀-古第三紀)境界近傍の古環境変動を、主に有機物分析を通じて復元することを目的としている。K/Pg境界では生物大量絶滅が発生し、その原因として小惑星衝突(Alvarez et al., 1980)やデカントラップ(Chenet et al., 2009)が挙げられてきた。
近年の研究により、デカントラップは3つの主なフェーズに分かれ、第2フェーズの噴火が境界直前において急速かつ大量に発生したことが明らかとなった。この第2フェーズで、全体の火山噴出量の約80%が占められており、その規模は従来の想定を大きく上回るものであった(Chenet et al., 2009)。デカントラップはK/Pg境界大量絶滅に先行して集中的に発生し、生物圏および気候に深刻な影響を与えたことから、従来の過小評価を改める必要があるとする見解が近年急速に広まりつつある。
本研究の調査地域はデカントラップから約1000 km離れた地域であり、浮遊性有孔虫の大量絶滅や境界部でのイリジウム濃縮などK/Pg境界を示す層序的な基準が存在する。地質調査の結果、K/Pg境界の特徴の一つである赤色粘土層が確認された。有機物分析では、多環芳香族炭化水素(PAHs)をはじめとする有機分子を抽出し、環境変動の指標として評価した。特に注目すべきは、境界直後の層におけるコロネンindexの急激な上昇である。コロネンindexは燃焼温度の指標とされており(Kaiho et al., 2016b)、境界直後にその値が急増したことから高温燃焼が発生したことが示唆された。非常に高いコロネンindexの値は小惑星衝突や大規模火山活動によって有機物が燃焼したことを示唆している。また、ノルマルアルカンやカダレンなどの陸上高等植物由来の有機物が境界直後で急増しており、陸上植生が破壊され、海洋に流入したとされる。陸上有機物の海洋流入による海洋の無酸素化はジベンゾチオフェンの濃度変化から読み取れる。一方、地衣類起源であるジベンゾフランのピークが陸上高等植物由来の有機物のピークより遅れて出現したことから、陸上植生破壊後に、先駆者として地衣類が繁殖したことが推測される。これは大量絶滅後の植生回復プロセスの一端を示すものである。炭酸塩の炭素同位体比測定は21試料でおこなったが、そのうちの12試料はピークが見られない、あるいは低いピークが検出されたためデータ処理の範囲外とした。本研究地域で炭酸塩の炭素同位体比の測定が不可能だった試料が多い原因については本研究地域の炭酸塩含有量が非常に低いことが挙げられる。デカントラップのSO2排出による酸性雨が本研究地域周辺の陸地で激しい化学的風化を起こしたと考えられている(Self et al., 2006)。
本研究の成果は、K/Pg境界におけるデカントラップの影響を理解するための知見を有機地球化学の観点から提供するものである。特に、PAHsの増加や酸素環境の変化が示すように、火山活動が生態系に及ぼした影響は大きいと考えられる。従来、小惑星衝突のみがK/Pg境界の環境変動を引き起こしたと考えられてきたが、本研究の結果は、デカントラップもまたK/Pg境界の環境の変動に関して重要な役割を果たしたことを示唆している。
引用文献
Alvarez, L.W., Alvarez, W., Asaro, F., Michel, H.V. (1980) Science 208, 1095 –1108.
Chenet, A.-L., Courtillot, V., Fluteau, F., Gerard, M., Quidelleur, X., Khadri, S.F.R., Subbarao, K.V., Thordarson, T., 2009. J. Geophys. Res. 114
Kaiho, K., Oshima, N., Adachi, K., Adachi, Y., Mizukami, T., Fujibayashi, M., and Saito, R. (2016b) Scientific Reports, v. 6, 28427.
Self, S., Widdowson, M., Thordarson, T., Jay, A.E. (2006) Earth Planet. Sci. Lett. 248, 518–532.
