講演情報
[G-P-10]第四紀における閉鎖的内湾性Bicornucythere属(甲殻類,貝形虫)の形態と古生物地理
*入月 俊明1、長田 晴樹1 (1. 島根大学)
キーワード:
貝形虫、第四紀、形態解析、古生物地理
Bicornucythere属は日本全国の閉鎖的内湾環境に優占する代表的な貝形虫(微小甲殻類)の分類群で(池谷・塩崎,1993),2枚の石灰質殻の表面が網状装飾に覆われ,後端部に1対の棘状突起を有する.この属に含まれる種は長年B. bisanensis (Okubo)だけの1種とされてきた.Abe (1988)やAbe and Choe (1988)は,この種の種分化や生物地理に初めて取り組んだ.これらの論文では,Keijella属に属すとされているが,東アジア沿岸のB. bisanensisに4つの型(A, P, G, M)が存在し,サイズの異なる2つのグループは種が異なると推測され,日本にはA型とM型が生息しているとされた.その後,入月・渕川(2007)は新たにU型(Bicornucythere sp. U)の存在を指摘し,他の型の生物地理についても議論した.これらの型のうち,現在,A型はB. bisanensis,M型はB. misumiensis (Nakamura and Tsukagoshi)とされている(Nakamura and Tsukagoshi, 2022).また,P型はBicornucythere sp. Pとして,日本からも報告された(Irizuki et al., 2022など).
本発表の目的は,これらの種(型)の殻形態の違いを定量的に記載し,上記のような研究結果に加えて,ここ数年で明らかになった時空間分布についての情報を総括して,第四紀におけるこの分類群の生物地理の変遷とその要因を検討することである.
結果として,表面装飾のパターンや楕円フーリエ解析などの形態解析に基づくと,日本では明らかに異なる殻形態を持つ,上記4種が現在の日本の内湾に生息していると推定された.B. bisanensisは北海道から九州まで日本全国の閉鎖的内湾中央部の潮下帯の泥底から多産し,化石記録が豊富で,日本では少なくとも後期鮮新世から存在する(Iwatani et al., 2011).B. misumiensisは中国南部沿岸に多く,日本では瀬戸内海全域の湾奥部や有明海などのように,広大な干潟が広がる潮間帯や完新世ボーリングコアから産出が認められ,塩分変動の激しい環境に優占する(Nakamura and Tsukagoshi, 2022).Bicornucythere sp. Pは日本では分布が狭く,周防灘西部や別府湾の守江湾のように九州北部周辺の潮間帯から潮下帯に生息している(Irizuki et al., 2022).この種は韓国やロシアに生息するため (Abe and Choe, 1988),対馬海峡や関門海峡を経由して日本へ移動した可能性が高い.Bicornucythere sp. Uは日本海側には認められず,太平洋側の高知県浦ノ内湾や瀬戸内海東部(Irizuki et al., 2008など),および紀伊半島田辺湾(小林ほか,2025)の潮下帯に生息し,紀伊半島潮岬より東側では確認されていない.しかしながら,この種は少なくとも中期更新世に関東まで生息を広げ,後期更新世には伊勢湾などから多産する.以上のことからBicornucythere sp. Uは亜熱帯から暖温帯の環境を好み,紀伊半島潮岬が分布の障壁になっており,完新世における黒潮流路と関係があると推測される.また,瀬戸内海西部に認められないことは,この海域が完新世の海進初期にこの種に適さない環境だった,または安芸灘と燧灘の境界が分布の障壁になっていた可能性などが考えられる.
このように閉鎖的内湾に優占する日本産Bicornucythere属貝形虫は,それぞれ殻形態が異なり,特有の場所に生息し,中期更新世以降の振幅の大きい海水準変動に伴う海流や海峡の変化に大きく影響を受けて現在の生物地理が形成された.
引用文献:Abe (1988) In, Hanai et al. eds., Evolutionary Biology of Ostracoda, 919–925. Abe and Choe (1988) In, Hanai et al. eds., Evolutionary Biology of Ostracoda, 367–373. 池谷・塩崎(1993)地質論,39: 15–32.入月・渕川(2007)日本古生物学会2007年年会講演要旨.Irizuki et al. (2008) Paleont. Res., 12: 283–302. Irizuki et al. (2022) Mar. Pollut. Bull. 174: 102002. Iwatani et al. (2011) Paleont. Res., 15: 269–289. 小林ほか(2025)汽水域研究会講演要旨.Nakamura and Tsukagoshi (2022) Zootaxa, 5134: 569–587.
本発表の目的は,これらの種(型)の殻形態の違いを定量的に記載し,上記のような研究結果に加えて,ここ数年で明らかになった時空間分布についての情報を総括して,第四紀におけるこの分類群の生物地理の変遷とその要因を検討することである.
結果として,表面装飾のパターンや楕円フーリエ解析などの形態解析に基づくと,日本では明らかに異なる殻形態を持つ,上記4種が現在の日本の内湾に生息していると推定された.B. bisanensisは北海道から九州まで日本全国の閉鎖的内湾中央部の潮下帯の泥底から多産し,化石記録が豊富で,日本では少なくとも後期鮮新世から存在する(Iwatani et al., 2011).B. misumiensisは中国南部沿岸に多く,日本では瀬戸内海全域の湾奥部や有明海などのように,広大な干潟が広がる潮間帯や完新世ボーリングコアから産出が認められ,塩分変動の激しい環境に優占する(Nakamura and Tsukagoshi, 2022).Bicornucythere sp. Pは日本では分布が狭く,周防灘西部や別府湾の守江湾のように九州北部周辺の潮間帯から潮下帯に生息している(Irizuki et al., 2022).この種は韓国やロシアに生息するため (Abe and Choe, 1988),対馬海峡や関門海峡を経由して日本へ移動した可能性が高い.Bicornucythere sp. Uは日本海側には認められず,太平洋側の高知県浦ノ内湾や瀬戸内海東部(Irizuki et al., 2008など),および紀伊半島田辺湾(小林ほか,2025)の潮下帯に生息し,紀伊半島潮岬より東側では確認されていない.しかしながら,この種は少なくとも中期更新世に関東まで生息を広げ,後期更新世には伊勢湾などから多産する.以上のことからBicornucythere sp. Uは亜熱帯から暖温帯の環境を好み,紀伊半島潮岬が分布の障壁になっており,完新世における黒潮流路と関係があると推測される.また,瀬戸内海西部に認められないことは,この海域が完新世の海進初期にこの種に適さない環境だった,または安芸灘と燧灘の境界が分布の障壁になっていた可能性などが考えられる.
このように閉鎖的内湾に優占する日本産Bicornucythere属貝形虫は,それぞれ殻形態が異なり,特有の場所に生息し,中期更新世以降の振幅の大きい海水準変動に伴う海流や海峡の変化に大きく影響を受けて現在の生物地理が形成された.
引用文献:Abe (1988) In, Hanai et al. eds., Evolutionary Biology of Ostracoda, 919–925. Abe and Choe (1988) In, Hanai et al. eds., Evolutionary Biology of Ostracoda, 367–373. 池谷・塩崎(1993)地質論,39: 15–32.入月・渕川(2007)日本古生物学会2007年年会講演要旨.Irizuki et al. (2008) Paleont. Res., 12: 283–302. Irizuki et al. (2022) Mar. Pollut. Bull. 174: 102002. Iwatani et al. (2011) Paleont. Res., 15: 269–289. 小林ほか(2025)汽水域研究会講演要旨.Nakamura and Tsukagoshi (2022) Zootaxa, 5134: 569–587.
