講演情報
[T3-O-5]「いけず石」に用いられる石製品から探る地域文化
*中条 武司1、横山 康子2、いけず石 調査グループ (1. 大阪市立自然史博物館、2. 大阪市立自然史博物館友の会)
キーワード:
いけず石、石製品、地域文化、市民科学
京都や大阪の古い集落を歩くと,壁や軒に自動車がこすらないように路傍に置かれている人頭大程度の大きさの石をしばしば見かける.これらの石は,通称で「いけず石」と呼ばれている(杉村,2018など).いけず石は川原から拾ってきただけのような未加工なものだけでなく,現在は用いられなくなったかつての建築石材や石製品が転用されていることがある(中条,2020).杉本(2013)は大阪・京都の旧街道周辺に分布するいけず石(杉本(2013)では「置石」)を調べ,そのほとんどが初期の用途外の転用石か使用前歴を持つ再利用石であることを指摘している.いけず石がかつての建築石材や石製品が転用されているということは,いけず石には現在では失われつつある石材の地域文化の名残を残している可能性がある.本発表では,いけず石に用いられている石製品の元々の用途とその分布を検討し,地域文化との関わりについて考察する.
いけず石はそのほとんどが市街地にあり,その観察が容易であるため,大阪市立自然史博物館では市民科学(citizen science)の手法を用いて「いけず石調査」を行っている(調査方法などの詳細については,「いけず石を調べよう」HP参照).調査は2022年10月から行っており,2025年7月1日時点で,情報提供者数は64個人・団体,提供データは青森県から沖縄県までの41都府県3,987地域(いけず石なし,重複データ含む),そのうちいけず石がある地域は39都府県2,914地域,いけず石の個数は39,469個になる.いけず石には石製品が転用・再利用されたものが多く見られるが,今回の調査ではその個数調査までは行っておらず,その有無のみを調べているため,いけず石全体の中での石製品の割合は不明である.しかし,どの地域にどのような石製品がいけず石として用いられているかを明らかにすることで,ある程度の石製品の地域性がわかると考えられる.
いけず石があると報告された2,914地域のうち,少なくとも1,444地域(49.6%)では何らかの加工のされた岩石がいけず石として用いられている.元の用途が不明なものも多くあるが,元の用途が明らかなものでは,石垣に用いられる間知石から転用されたものが最も多く,836地域でいけず石として用いられている.他には,礎石として用いられたと考えられる棒状のもの(448地域),直方体・立方体(281地域),挽き臼(231地域),つき臼(182地域),円盤型(161地域),唐臼の支点石(151地域)などがいけず石として多く転用されている.変わったものでは,漁錐(大阪府貝塚市,阪南市,兵庫県姫路市,香川県土庄町,広島県福山市など),力石(大阪府堺市,八尾市,泉佐野市など)などもいけず石として転用されている.これら加工されたいけず石は大半が花こう岩からなるが,大阪府南部では砂岩が,兵庫県南西部では凝灰岩が多く見られ,かつての石製品が地域の地質を反映していたことがうかがえる.
地域性を色濃く反映しているものとしては,日本酒製造の盛んな広島県東広島市では,日本酒をもろみから絞る際に用いられる「かかり石」がいけず石に転用されているものが見られる.京都市山科区では,東海道に敷設された敷石に,牛車(荷車)の車輪の通った後が溝状に擦り減った「車石」がいけず石に転用されている.また,大阪府阪南市,香川県坂出市,土庄町などではサトウキビを絞るための円盤型の石製品がいけず石に転用されている.現在,大阪府ではサトウキビの栽培は行われていないが,江戸〜明治期においては栽培が行われており(阪南市HPより),その名残りがいけず石に残っているといえる.このように,現在では博物館や資料館に展示されるような石製品とその文化が,路傍に転がるいけず石にその痕跡を残していることがわかる.このことは,いけず石がかつての地域文化を伝える歴史資料となる可能性を秘めているといえる.
文献・URL
中条武司,2020,「いけず石」,種類を見るか?元の用途を見るか?Nature Study, 66,162-163.
杉本 清,2013,置石考:プライベートとパブリックの境界領域に見る生活風景.デザイン理論,62,41-54.
杉村 啓,2018,いけず石観察手帳.私費出版,24pp.
阪南市ホームページ「日根郡鳥取郷の製糖用具 (有形民俗文化財):https://www.city.hannan.lg.jp/kakuka/syogai/syogai_s/shitei/hannnannshishitei/1522395966490.html(2025年7月5日最終閲覧)
「いけず石を調べよう」ホームページ:https://sites.google.com/view/ikezuishi-shirabe/(2025年7月5日最終閲覧)
いけず石はそのほとんどが市街地にあり,その観察が容易であるため,大阪市立自然史博物館では市民科学(citizen science)の手法を用いて「いけず石調査」を行っている(調査方法などの詳細については,「いけず石を調べよう」HP参照).調査は2022年10月から行っており,2025年7月1日時点で,情報提供者数は64個人・団体,提供データは青森県から沖縄県までの41都府県3,987地域(いけず石なし,重複データ含む),そのうちいけず石がある地域は39都府県2,914地域,いけず石の個数は39,469個になる.いけず石には石製品が転用・再利用されたものが多く見られるが,今回の調査ではその個数調査までは行っておらず,その有無のみを調べているため,いけず石全体の中での石製品の割合は不明である.しかし,どの地域にどのような石製品がいけず石として用いられているかを明らかにすることで,ある程度の石製品の地域性がわかると考えられる.
いけず石があると報告された2,914地域のうち,少なくとも1,444地域(49.6%)では何らかの加工のされた岩石がいけず石として用いられている.元の用途が不明なものも多くあるが,元の用途が明らかなものでは,石垣に用いられる間知石から転用されたものが最も多く,836地域でいけず石として用いられている.他には,礎石として用いられたと考えられる棒状のもの(448地域),直方体・立方体(281地域),挽き臼(231地域),つき臼(182地域),円盤型(161地域),唐臼の支点石(151地域)などがいけず石として多く転用されている.変わったものでは,漁錐(大阪府貝塚市,阪南市,兵庫県姫路市,香川県土庄町,広島県福山市など),力石(大阪府堺市,八尾市,泉佐野市など)などもいけず石として転用されている.これら加工されたいけず石は大半が花こう岩からなるが,大阪府南部では砂岩が,兵庫県南西部では凝灰岩が多く見られ,かつての石製品が地域の地質を反映していたことがうかがえる.
地域性を色濃く反映しているものとしては,日本酒製造の盛んな広島県東広島市では,日本酒をもろみから絞る際に用いられる「かかり石」がいけず石に転用されているものが見られる.京都市山科区では,東海道に敷設された敷石に,牛車(荷車)の車輪の通った後が溝状に擦り減った「車石」がいけず石に転用されている.また,大阪府阪南市,香川県坂出市,土庄町などではサトウキビを絞るための円盤型の石製品がいけず石に転用されている.現在,大阪府ではサトウキビの栽培は行われていないが,江戸〜明治期においては栽培が行われており(阪南市HPより),その名残りがいけず石に残っているといえる.このように,現在では博物館や資料館に展示されるような石製品とその文化が,路傍に転がるいけず石にその痕跡を残していることがわかる.このことは,いけず石がかつての地域文化を伝える歴史資料となる可能性を秘めているといえる.
文献・URL
中条武司,2020,「いけず石」,種類を見るか?元の用途を見るか?Nature Study, 66,162-163.
杉本 清,2013,置石考:プライベートとパブリックの境界領域に見る生活風景.デザイン理論,62,41-54.
杉村 啓,2018,いけず石観察手帳.私費出版,24pp.
阪南市ホームページ「日根郡鳥取郷の製糖用具 (有形民俗文化財):https://www.city.hannan.lg.jp/kakuka/syogai/syogai_s/shitei/hannnannshishitei/1522395966490.html(2025年7月5日最終閲覧)
「いけず石を調べよう」ホームページ:https://sites.google.com/view/ikezuishi-shirabe/(2025年7月5日最終閲覧)
