講演情報
[T3-O-16]ポータブル型蛍光X線分光分析装置を用いた花崗岩建築石材の産地推定に向けて
*乾 睦子1、西本 昌司2、中澤 努3、山下 浩之4、平賀 あまな5 (1. 国士舘大学、2. 愛知大学、3. 産業技術総合研究所地質情報基盤センター、4. 神奈川県立生命の星・地球博物館、5. 東京科学大学)
キーワード:
花崗岩、石材、産地推定、ポータブルXRF、国産建築石材
明治時代以降の日本の近代建築物には国産石材も多く使われていると思われるが実態はまだ明らかではない。国産石材の使われ方は、日本の近代化における技術史としてだけでなく、建築物保存修理等の実用面でも重要な情報である。石材産地の推定は主に文献か目視推定に依るが、今では国産石材を同定できる関係者は少ない。そこでポータブル型蛍光X線分光分析装置(以下pXRF)を用いた石材産地推定を目指している。花崗岩は建築物に最も多く用いられる岩石のひとつで、例えば国会議事堂(1936)や迎賓館赤坂離宮(1909)等の歴史的建造物に国産花崗岩が使われている。花崗岩産地を化学的に推定できれば意義は大きい。今回はpXRFの精度等の確認と花崗岩の妥当な測定点数の見積もり、実際の近代建築物でのケーススタディの結果を報告する。
使用したpXRFはエビデント製 VANTA VMR-CCC-G3-J-JA (国士舘大学)である。測定視野の直径は約9mm、測定時間は1点あたり50秒とした。使用した花崗岩標本は稲田、稲田(大郷戸)、真壁(中目)、真壁(小目)(以上茨城県産)、挙母(愛知県産)、庵治(中目)(香川県産)、万成、北木(以上岡山県産)、大島(愛媛県産)、議院石(広島県産)、徳山石(山口県産)の11種類である。
pXRFの精度(再現性)確認のため、花崗岩中の同一の点を10回ずつ、2点について測定し、相対標準誤差[%](=(標準偏差/平均値)×100)を求めた。その結果Siの相対標準誤差が0.30%と0.38%、Srが1.2%と1.5%等であり再現性は良好と言えた。次にpXRFの正確さ(真の値への近さ)を確認するため「稲田」と「万成」の標本をpXRFで各54点ずつ測定した後、粉末化して波長分散型蛍光X線分光分析装置(以下WDX)で分析し比較した。WDXはリガク製Rigaku ZSX Primus II(神奈川県立生命の星・地球博物館)である。WDXと比べるとpXRFの結果の平均値は元素によって0~30%程度低い傾向があったが相対値は信頼できることが分かった。
花崗岩は鉱物粒子が大きく直径約9mmでは全岩化学組成を得られない。そこで、複数点を測定して約3cm×3cm(測定点9個分)の範囲をカバーすることを目指し、必要な測定回数を見積もった。これは花崗岩を9個の異なる要素から成る無限に広い(ゲーム「数独」のような)面と考え、そこから無作為の復元抽出を行うという問題に近似できる。このモデルで無作為に20点抽出すると9個の要素のうち約8.1個抽出されることが確率的に期待できる。このことからひとつの石材あたり20点以上測定することが妥当と見積もった。
pXRFで各石材を20点以上ずつ測定した結果、ヒストグラムのモードの位置や分布範囲の広さなどに産地毎の違いが見て取れ、特にMn、Sr、Rbなどの微量元素で明瞭な差が認められた。簡便な判別図としてX軸にSr/(Sr+Ba)、Y軸にTi/(Ti+Mn)を用いたSrBa-TiMn図が11種の花崗岩の違いを表現しやすいことが分かった。ただし、ひとつの万能な判別図は存在せず、判別したい石材毎にSr/Ca比やRb-Ba-Sr三角図などを併用することが有用と思われた。
大阪ガスビルディング(大阪市)は1933年に竣工したオフィスビルで、2003年に国の登録有形文化財(建造物)に指定されている。ハンレイ岩を多用した外壁の一部に白い花崗岩があり「稲田」との記録がある(日本建築学会, 1933)。この花崗岩をpXRFで無作為に20点測定しSrBa-TiMn判別図に重ねたところ「稲田」標本と分布が似ており文献記録が裏付けられた。
山形県旧県庁舎及び県会議事堂(山形市)は1916年に竣工し、1984年に国の重要文化財に指定された。現在は「山形県郷土館 文翔館」となっている。旧県庁舎の外壁は山形県南陽市釜渡戸産の花崗岩である(財団法人文化財建造物保存技術協会, 1995)が、玄関前敷石の記録に無い白色と淡紅色の花崗岩をpXRFで測定したところ「稲田」と「万成」の標本と分布が似ていた。目視と建設当時の流通状況も合わせ「稲田」と「万成」と判断できた。
以上のように、pXRFを用いて多点測定を行うことにより近代建築物に使われた花崗岩石材の産地を推定できる見込みが得られた。目視で産地候補を絞り、必要に応じて判別図を選ぶことでより確実な推定が期待できる。
本研究は学術研究助成基金助成金(課題番号23K22944)の支援を得て実施しています。
参考文献
日本建築学会(1933)『建築雑誌』571号 巻末付図説明 大阪瓦斯ビルディング新築工事概要 p.732.
財団法人文化財建造物保存技術協会編(1995)重要文化財 山形県旧庁舎及び県会議事堂保存修理工事報告書 2旧県庁舎編.山形県
使用したpXRFはエビデント製 VANTA VMR-CCC-G3-J-JA (国士舘大学)である。測定視野の直径は約9mm、測定時間は1点あたり50秒とした。使用した花崗岩標本は稲田、稲田(大郷戸)、真壁(中目)、真壁(小目)(以上茨城県産)、挙母(愛知県産)、庵治(中目)(香川県産)、万成、北木(以上岡山県産)、大島(愛媛県産)、議院石(広島県産)、徳山石(山口県産)の11種類である。
pXRFの精度(再現性)確認のため、花崗岩中の同一の点を10回ずつ、2点について測定し、相対標準誤差[%](=(標準偏差/平均値)×100)を求めた。その結果Siの相対標準誤差が0.30%と0.38%、Srが1.2%と1.5%等であり再現性は良好と言えた。次にpXRFの正確さ(真の値への近さ)を確認するため「稲田」と「万成」の標本をpXRFで各54点ずつ測定した後、粉末化して波長分散型蛍光X線分光分析装置(以下WDX)で分析し比較した。WDXはリガク製Rigaku ZSX Primus II(神奈川県立生命の星・地球博物館)である。WDXと比べるとpXRFの結果の平均値は元素によって0~30%程度低い傾向があったが相対値は信頼できることが分かった。
花崗岩は鉱物粒子が大きく直径約9mmでは全岩化学組成を得られない。そこで、複数点を測定して約3cm×3cm(測定点9個分)の範囲をカバーすることを目指し、必要な測定回数を見積もった。これは花崗岩を9個の異なる要素から成る無限に広い(ゲーム「数独」のような)面と考え、そこから無作為の復元抽出を行うという問題に近似できる。このモデルで無作為に20点抽出すると9個の要素のうち約8.1個抽出されることが確率的に期待できる。このことからひとつの石材あたり20点以上測定することが妥当と見積もった。
pXRFで各石材を20点以上ずつ測定した結果、ヒストグラムのモードの位置や分布範囲の広さなどに産地毎の違いが見て取れ、特にMn、Sr、Rbなどの微量元素で明瞭な差が認められた。簡便な判別図としてX軸にSr/(Sr+Ba)、Y軸にTi/(Ti+Mn)を用いたSrBa-TiMn図が11種の花崗岩の違いを表現しやすいことが分かった。ただし、ひとつの万能な判別図は存在せず、判別したい石材毎にSr/Ca比やRb-Ba-Sr三角図などを併用することが有用と思われた。
大阪ガスビルディング(大阪市)は1933年に竣工したオフィスビルで、2003年に国の登録有形文化財(建造物)に指定されている。ハンレイ岩を多用した外壁の一部に白い花崗岩があり「稲田」との記録がある(日本建築学会, 1933)。この花崗岩をpXRFで無作為に20点測定しSrBa-TiMn判別図に重ねたところ「稲田」標本と分布が似ており文献記録が裏付けられた。
山形県旧県庁舎及び県会議事堂(山形市)は1916年に竣工し、1984年に国の重要文化財に指定された。現在は「山形県郷土館 文翔館」となっている。旧県庁舎の外壁は山形県南陽市釜渡戸産の花崗岩である(財団法人文化財建造物保存技術協会, 1995)が、玄関前敷石の記録に無い白色と淡紅色の花崗岩をpXRFで測定したところ「稲田」と「万成」の標本と分布が似ていた。目視と建設当時の流通状況も合わせ「稲田」と「万成」と判断できた。
以上のように、pXRFを用いて多点測定を行うことにより近代建築物に使われた花崗岩石材の産地を推定できる見込みが得られた。目視で産地候補を絞り、必要に応じて判別図を選ぶことでより確実な推定が期待できる。
本研究は学術研究助成基金助成金(課題番号23K22944)の支援を得て実施しています。
参考文献
日本建築学会(1933)『建築雑誌』571号 巻末付図説明 大阪瓦斯ビルディング新築工事概要 p.732.
財団法人文化財建造物保存技術協会編(1995)重要文化財 山形県旧庁舎及び県会議事堂保存修理工事報告書 2旧県庁舎編.山形県
