講演情報
[T1-O-20]沈み込み帯におけるスラブ–ウェッジマントル間カップリング深度の地質学的制約:ドラマイラ超高圧変成岩ユニットの検討
*星 輝1、ウォリス サイモン1 (1. 東京大学大学院 理学系研究科 地球惑星科学専攻)
キーワード:
沈み込み帯、熱構造、スラブ–ウェッジマントル間カップリング深度、超高圧変成岩、ドラマイラ岩体
沈み込み帯の熱構造は,そこで起きる物質循環や地震,火山活動などの様々な物理化学プロセスを考えるさいの境界条件として重要である.この熱構造を数値計算で再現する熱モデルでは,スラブとウェッジマントルが地質学的時間スケールでデカップリングした状態からカップリングした状態に移行する深度(Dc)が重要なパラメータである.Dcは従来,現在の沈み込み帯を対象に熱モデリングと地殻熱流量の観測データとを組み合わせて推定され,どの沈み込み帯でもほぼ共通して深さ約70–80 kmだと考えられている(Wada & Wang, 2009).しかし,観測データが限られた地域では十分な制約ができないこともあるため,地質学的方面からの検証が必要である.
超高圧変成岩は,プレート収束域において約100 km以深までの沈み込みを経験しているため,そのprograde P-TパスにはDcを含む深度域におけるスラブ上面付近での温度圧力変化が記録されている可能性が高い.熱モデルによれば,スラブ–ウェッジマントル間のカップリングにより誘起されるマントル流動の影響で,スラブ上面温度はDcの深さで急上昇する(例えば,van Keken et al., 2002).この温度上昇をprograde P-Tパスから見出すことでDcを地質学的に制約できる.このような議論は一部の超高圧変成岩体についてなされているものの (例えば,Xia et al., 2025),他の多くの岩体では十分に検討されていない.
そこで本研究では,西アルプスに分布するドラマイラ岩体の超高圧変成岩ユニット:Brossasco-Isasca Unit (BIU)に注目した.BIUは,変成プロセスや形成時のテクトニックセッティングに関する先行研究が豊富で,特にprograde P-Tパスが推定されていることからDcの制約に適している.加えて,BIUの沈み込み時期は大陸衝突より前であるため,現在の沈み込み帯との比較にも適している.
BIUでは,沈み込みから変成ピークにかけて推定された温度圧力条件について,圧力約2.8 GPaに150–200 ºCの温度ギャップが存在し(Groppo et al., 2019),それ以浅でのprograde P-Tパスの外挿では変成ピーク時の温度圧力条件を説明できない.また,地質学的に推定された上昇速度や岩体規模をもとに熱モデリングによって上昇初期のP-Tパスを計算すると,剪断熱を考慮してもヘアピン型のP-Tパスが得られる.これらは,2.8 GPa付近で温度が急上昇する屈曲したprograde P-Tパスを想定することで同時に説明できる.このP-Tパスは,BIUと同時期に沈み込んだ周囲の(超)高圧変成岩ユニットから得られている温度圧力推定(Groppo et al., 2019, 2025)とも整合的である.したがって,BIUの沈み込み時にはスラブ上面付近の温度が約2.8 GPa(深さ約90 km)で急上昇し,この深さでスラブ–ウェッジマントル間のカップリングが起きていたと考えられる.この結果と,世界の他の(超)高圧変成岩体や現在の沈み込み帯でのDc推定結果とを比較することで,異なる沈み込み帯でDcが共通かどうかについて議論できる.
引用文献
Wada & Wang (2009) Geochem. Geophys. Geosyst., 10, Q10009.
van Keken et al. (2002) Geochem. Geophys. Geosyst., 3, 1056.
Xia et al. (2025) J. Metamorph. Geol., 43, 161-190.
Groppo et al. (2019) EJM, 31, 665-683.
Groppo et al. (2025) J. Metamorph. Geol., 43, 359-383.
超高圧変成岩は,プレート収束域において約100 km以深までの沈み込みを経験しているため,そのprograde P-TパスにはDcを含む深度域におけるスラブ上面付近での温度圧力変化が記録されている可能性が高い.熱モデルによれば,スラブ–ウェッジマントル間のカップリングにより誘起されるマントル流動の影響で,スラブ上面温度はDcの深さで急上昇する(例えば,van Keken et al., 2002).この温度上昇をprograde P-Tパスから見出すことでDcを地質学的に制約できる.このような議論は一部の超高圧変成岩体についてなされているものの (例えば,Xia et al., 2025),他の多くの岩体では十分に検討されていない.
そこで本研究では,西アルプスに分布するドラマイラ岩体の超高圧変成岩ユニット:Brossasco-Isasca Unit (BIU)に注目した.BIUは,変成プロセスや形成時のテクトニックセッティングに関する先行研究が豊富で,特にprograde P-Tパスが推定されていることからDcの制約に適している.加えて,BIUの沈み込み時期は大陸衝突より前であるため,現在の沈み込み帯との比較にも適している.
BIUでは,沈み込みから変成ピークにかけて推定された温度圧力条件について,圧力約2.8 GPaに150–200 ºCの温度ギャップが存在し(Groppo et al., 2019),それ以浅でのprograde P-Tパスの外挿では変成ピーク時の温度圧力条件を説明できない.また,地質学的に推定された上昇速度や岩体規模をもとに熱モデリングによって上昇初期のP-Tパスを計算すると,剪断熱を考慮してもヘアピン型のP-Tパスが得られる.これらは,2.8 GPa付近で温度が急上昇する屈曲したprograde P-Tパスを想定することで同時に説明できる.このP-Tパスは,BIUと同時期に沈み込んだ周囲の(超)高圧変成岩ユニットから得られている温度圧力推定(Groppo et al., 2019, 2025)とも整合的である.したがって,BIUの沈み込み時にはスラブ上面付近の温度が約2.8 GPa(深さ約90 km)で急上昇し,この深さでスラブ–ウェッジマントル間のカップリングが起きていたと考えられる.この結果と,世界の他の(超)高圧変成岩体や現在の沈み込み帯でのDc推定結果とを比較することで,異なる沈み込み帯でDcが共通かどうかについて議論できる.
引用文献
Wada & Wang (2009) Geochem. Geophys. Geosyst., 10, Q10009.
van Keken et al. (2002) Geochem. Geophys. Geosyst., 3, 1056.
Xia et al. (2025) J. Metamorph. Geol., 43, 161-190.
Groppo et al. (2019) EJM, 31, 665-683.
Groppo et al. (2025) J. Metamorph. Geol., 43, 359-383.
