講演情報
[T12-O-15]グリーンランド・イスア表成岩帯に産する原太古代炭酸塩岩から推定する原太古代海水中の生命必須微量元素組成
*吉田 聡1,2、小宮 剛2 (1. 宇宙航空研究開発機構、2. 東京大学大学院 総合文化研究科)
キーワード:
イスア表成岩帯、珪化作用、原太古代、生命必須微量元素、炭酸塩岩
地球は原太古代以来,液体の水と生命を育んできた特異な惑星である.そのため,原太古代の海洋組成の復元が生命進化史の理解に繋がる.特に,西グリーンランド南部のイスア表成岩帯(ISB;約38億年前)に産する堆積岩類は,最古の生命痕跡の発見以来(例えば,Schidlowski et al., 1979),生命進化に様々な知見を提供してきた.これまで,古海水組成と生命進化の関連を探るため,古海水中の生命必須微量元素濃度を推定した研究が多く行われてきた.例えば,Saito et al. (2003) は,酸素と硫化水素の濃度に基づく熱化学計算から,原太古代から現在にかけて海水中のZn濃度が8桁増加したと提案した.一方で,Robbins et al. (2013) は縞状鉄鉱層(BIF)の組成に基づき,原太古代から現在にかけてZn濃度が10倍に増加したと主張した.しかし,現在のBIFは専ら熱水環境で形成されており,全球的な海洋組成を反映しない可能性がある. 炭酸塩岩は地球史を通じて全球的に海洋で堆積してきたことから,古海水組成の有望なアーカイブの一つである.しかし,堆積時には砕屑物混入を受け,堆積後には複雑な珪化・変質作用を被ることが多く,それらの影響の定量化が困難とされる.そのため,古海水中の生命必須元素の経年変化推定には従来ほとんど用いられてこなかった.そこで本研究では,ISBの炭酸塩岩の主要元素および,Ni,Znなどの生命必須元素を含む微量元素を分析し,堆積当時の初生的炭酸塩岩組成の復元を試みた.ISBの炭酸塩岩は,チャートと互層するものと礫岩層と互層するものが確認されている.本研究では,地質学的産状と希土類元素組成に基づき,遠洋域で堆積したとされる前者に着目した(Friend et al., 2008; Nutman et al., 2010).ISBの炭酸塩岩試料は主に,炭酸塩鉱物(方解石と苦灰石)や石英,透輝石からなる.一部試料において,細粒な透輝石が自形の苦灰石を囲う組織が確認された.炭酸塩岩試料中のCaO + MgOとSiO₂濃度は負相関を示し,SiO₂とAl₂O₃濃度は正相関を示した.CaO + MgOとSiO₂濃度の負相関は,炭酸塩岩が珪化作用を受けたことを示唆する.太古代の炭酸塩岩が受ける珪化作用は,(1) 炭酸塩岩中の粒子の粒間を石英が充填するもの(現在型珪化), (2) 変成作用時における脱炭酸塩作用によるもの(変成作用型),および (3) 炭酸塩鉱物自体が石英に置換されるもの (太古代型; Duchač and Hanor, 1987) の3種類に大別される.それぞれの珪化作用の進行に伴い想定されるCaO + MgOとSiO₂組成の変化傾向に基づくと,この炭酸塩岩試料は少なくとも変成作用型と太古代型の珪化作用を受けたことが示唆された.このことは,一部試料に確認された苦灰石と透輝石の鉱物学的産状からも支持される.また,SiO₂とAl₂O₃濃度の組成図において,ISBの砕屑岩の端成分(Bolhar et al., 2005)と珪化作用の端成分(SiO2 = 100 wt.%)を想定することで,炭酸塩岩試料中のSiO₂の約90%が珪化作用に由来することが明らかになった.この珪化作用由来のSiO₂の割合を用いて計算された,珪化作用を被る前の初生炭酸塩岩のNiとZn濃度は,Al₂O₃とZr濃度と正相関を示した.炭酸塩鉱物はAlやZrをほぼ含まないため,この正相関は炭酸塩端成分と砕屑物端成分の混合を示唆する.回帰直線から,炭酸塩端成分のNiとZn濃度はそれぞれ41.1–65.7 μg/gと19.1–45.3 μg/gと求められた.ISBの初生的炭酸塩岩のNiとZn濃度は,それぞれ現在のストロマトライトやウーイドのそれに比べて1桁および2桁ほど高い.炭酸塩岩を用いた海水中のNi濃度の変動は, Konhauserらの推定と概ね一致するが,Zn濃度の変動はRobbinsらの推定とは矛盾する.この不一致は,それぞれの元素の海洋での深度分布の違いや,現在のBIFが熱水近傍でのみ形成することに起因すると考えられる.Niは初期生命の候補であるメタン生成菌の必須元素であることから,本研究の結果は,メタン生成菌の元素要求性が海水組成と共進化してきた可能性を示した.また,真核生物は原核生物よりも高いZnの嗜好性を示すため,原核生物誕生場は低Zn濃度であった可能性が示唆されていた.しかし本研究は,原太古代海洋は顕生代海洋よりも高Zn環境だった可能性を示した.これらの知見は,生物の代謝で利用される元素が必ずしも環境要因のみによって制約されるわけではなく,生命の進化過程において代謝的要求に応じた元素選択が起きていた可能性を示す.
