講演情報

[T7-O-7]長野県白骨温泉に分布する化石トラバーチンの堆積学的・地球化学的特徴と形成過程の解明

*清原 愛1、狩野 彰宏2、加藤 大和3、戸丸 仁4、白石 史人1 (1. 広島大学、2. 東京大学、3. 帝京科学大学、4. 千葉大学)
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【ハイライト講演】  トラバーチンとは,温泉水から形成された炭酸カルシウム沈殿物である.トラバーチンは日本各地に存在するが,白骨温泉には日本最大規模の化石トラバーチンが分布しており,一部は国の特別天然記念物にも指定されている.本研究は白骨温泉において,かつてどのように温泉水が流れ,トラバーチンが形成されていたのか,堆積学と地球化学からその詳細を明らかにしている. ※ハイライト講演とは...

キーワード:

石灰華、化石トラバーチン、凝集同位体、安定同位体、微量元素


 「化石トラバーチン」は過去の温泉活動によって形成された炭酸カルシウム沈殿物である.長野県白骨温泉には国内最大規模の化石トラバーチンが分布し,国の特別天然記念物に指定されているが,近年まで詳しい調査は行われてこなかった(松本市教育委員会,2020).そこで本研究では,堆積学的・地球化学的アプローチから,化石トラバーチン形成過程の解明を試みた.
 白骨温泉は2本の川が合流する峡谷付近に位置し,化石トラバーチンは北部と南部にそれぞれ分布する.分布面積は北部で10.3 ha,南部で5.3 haに及び,層厚は最大約30 mに達する.現在形成中のトラバーチンは源泉付近に局在する程度で,化石トラバーチンと比べて分布は限られる. 白骨温泉の温泉水は,酸化還元電位と鉄濃度が非常に低く,鉄を含まない白色のトラバーチンを特異的に形成する.温泉水のCa2+と炭酸水素イオンの濃度比はおよそ1:2であり,水素酸素同位体比は天水の領域にプロットされることから,白骨温泉の温泉水は,基盤岩の一部であるペルム系石灰岩が天水に溶解したものと考えられる.
 堆積相は,複数の先行研究を参考に,新たな堆積相を定義してCrystalline slope,Reed slope,Terrace,Marsh,Veinの5つに区分した(Guo and Riding, 1998,1999;Shiraishi et al., 2020).枝や葉を含み低流速環境で堆積するMarshが広く分布し,川に面した峡谷斜面には,高角のReed slopeが分布する.北部には,かつての源泉であるfissure-ridgeという構造が認められ,その下方の峡谷斜面にはトラバーチンの滝地形が形成されていた.北部には,高流速環境を反映するCrystalline slopeがまとまって分布しているが,南部にはほとんど分布しない.
 炭素酸素安定同位体比は,正の相関を示し,温泉水の流下に伴う同位体分別の進行を反映している.炭酸凝集同位体温度計から導かれた過去の泉温は,北部の3箇所で36.2~22.2℃,南部の3箇所で32.5~18.0℃であり,いずれも約±4℃の誤差で制約された.北部で得られた過去の最高泉温36.2℃は,現在形成中のトラバーチンから得られた炭酸凝集同位体温度36.2℃と一致する(実際の泉温は38.8℃).トラバーチンの微量元素は,温泉水の元素組成を特徴的に反映している.ただし,温泉水にほとんど含まれないマンガンは続成による付加とみられる.これらのデータを地図にプロットすると,標高の高い地点から標高の低い峡谷斜面に向かって,系統的な変化が見られた.化石トラバーチンの炭素・酸素安定同位体比は共に上昇し,炭酸凝集同位体温度 (泉温) と微量元素のマグネシウム濃度は低下した.このような傾向は,かつて温泉水が峡谷斜面を広範に流下していたことを示している.
 以上のデータを統合して,白骨温泉における化石トラバーチンの堆積環境を考察した.北部ではfissure-ridgeを源泉として,温泉水が峡谷斜面へ流下する環境でトラバーチンが堆積していたと解釈される.化石トラバーチン形成当時は,滝地形の発達に十分な量の温泉水が流れていた.南部では最大標高地点付近に低湧出量の源泉があり,温泉水は峡谷斜面へ向けて緩やかに流下していたと考えられる.トラバーチンの堆積場は葉や枝が供給され,場所によって貝形虫や藻類が生息する環境にあった. 本研究で確立した堆積相の認定基準や同位体・微量元素に関する知見は,白骨温泉のみならず,他地域のトラバーチンなど,炭酸塩岩の堆積環境復元に広く有用であると期待される.

Guo, L., Riding, R. (1998) Sedimentology 45(1), 163–180.
Guo, L., Riding, R. (1999) Sedimentology 46(6), 1145–1158.
松本市教育委員会 (2020) 特別天然記念物白骨温泉の噴湯丘と球状石灰石保存活用計画. 133 p.
Shiraishi,F.,Morikawa,A.,Kuroshima,K.,Amekawa,S.,Yu,T. L.,Shen,C. C., Kakizaki,Y.,Kano,A.,Asada,J.,Bahniuk,A. M. (2020) Sedimentary Geology 405, 105706.