講演情報

[T1-P-23]飛騨帯神岡地域の斑れい岩-閃緑岩質変成岩の地球化学的多様性:部分溶融モデルの検討

*水上 知行1、菅原 千織1、三上 航大1、秋澤 紀克2、田村 明弘1、森下 知晃1 (1. 金沢大学、2. 広島大学)
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キーワード:

飛騨帯、地殻、部分溶融

 大陸の地球化学的進化において地殻内部での固液の分離は中心的な役割を果たすと考えられる。太古代TTGや顕生代の花こう岩マグマの成因の議論において、分別結晶作用や部分溶融における結晶相を特定し、メルトとの元素分配を定量的に再現することが本質的な問題となっている(例えば、Moyen & Martin, 2012Lithos 148: 312-336; Martin et al., 2014Lithos 198-199:1-13; Palin et al., 2016PrecamRes 287:73-90)。実験データの蓄積や熱力学データセットの充実により、モデル計算に基づく詳細な検討が可能になってきている一方で、その妥当性を評価するためには天然の地殻岩石の地球化学的実態をより精確に把握する必要がある。
 飛騨帯はユーラシア大陸の一部として発達してきた地殻断片であり、ペルム紀-三畳紀移行期の熱イベントで再結晶した変成岩類とジュラ紀に貫入した深成岩類で構成される。変成岩類にはミグマタイト構造の発達が知られるが、形成条件や化学的な分別に関する岩石学および地球化学的検討はなされていない。本研究では、神岡地域に分布する茂住-栃洞岩体の斑レイ岩-閃緑岩質岩石(加納・寺山, 1995資源地質45:25-40)について、部分溶融による化学的多様化を定量的に描き出すことを目指して研究を行なった。
 研究試料として、角閃石に富む岩石(以下、角閃石岩)、縞状の角閃石黒雲母岩、灰色花こう岩の多様な化学組成と微細構造を有する岩石を採取した。角閃石岩には網目状の優白色部と玉状の優黒質部によるメソスケールの不均質が発達する。優白質部には斑状角閃石の形態定向配列が顕著である。構成鉱物は、斑状もしくはグラノブラスティックなHblとPl、Qtz、微量のKfs、Bt、Ilm、Ttn、Ap、Zrnである。再結晶細粒部にはEpやCcが認められる。全岩化学組成が先行研究と重なる幅広い試料群である。
 斑状のHblとPlの鉱物化学組成には累帯構造が保持され、温度上昇から温度低下、最外殻に変成リムが認識できる。リム以外は火成岩Hblと同等のAl=~2, Na=0.4-0.5(いずれもpfu (O=23))、Mg/(Mg+Fe)=0.4-0.6の組成であった。ピーク温度条件は、Putirka (2016AmMin101:841-858)のメルト共存温度計で角閃石岩850℃、縞状角閃石黒雲母岩790℃、Holland & Blundy (1994CMP116:433-447)のHbl-Pl温度計で770-800℃である。優白質部はMutch et al. (2016CMP171:85)のソリダス圧力計の適用条件を満たし、3.2-4.5 kbarの固化圧力を得た。上記のピーク温度圧力条件(H2O飽和)でMAGEMin(Riel et al., 2022G-Cubed23:e2022GC010427)を用いて全岩化学組成から共生を計算するといずれもHbl+Pl+Ilm±Btがメルトと共存する結果となった。すなわち、メルト共存を仮定した温度圧力見積もりと整合的となった。
 全岩ガラスとHblのLA-ICP-MS分析を各試料について実施した。Hbl組成は全岩組成に比べてMREEからHREEにかけて高い値を示す。Eu負異常が特徴的で還元的な環境を示唆する。N-MORB比でTi、Zr、Thは負異常を示すが、NbはLaと同程度の濃集度である。またSrの負異常が顕著である。これらのHblに特徴的なパターンと全岩化学組成を対比するとHblの濃集(1~22 wt%)が読み取れる。灰色花こう岩の特異なREEパターンもHbl+Plの付加演算により縞状角閃石黒雲母岩に対比できる組成となることが分かった。
 上記の熱力学的解析の結果やミグマタイト様の産状と考え合わせると、Hbl成分の濃集は固液の分離で生じた可能性が高い。加納・寺山(1995)が報告した全岩の主要元素組成の分布も、Hbl-メルト分離モデルで再現できる。特にマグマ混合モデルでは説明できなかったMgOに乏しくNa2OやAl2O3に富む組成を生み出す組成変化が描き出された点が重要である。Hblの濃集度から固液分離前の原岩の微量元素組成を復元すると、左上がりのREEパターン(YbN≒10)、Srの正異常、NbとZrの負異常といった顕生代の島弧火山岩に似た特徴を示す。茂住-栃洞岩体は島弧環境で貫入したマフィックマグマが固化した後に800℃を越える高温条件を経験し、部分溶融反応によってHblに富む融け残り岩とトーナル岩や灰色花こう岩のリューコゾーム(フェルシックメルト)を生じたものと捉えられる。これらのテクトニックな意味を明らかにするために年代学的な研究も進行中である。