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[T14-O-10]琉球弧に沈み込むスラブ内応力の不均一性が支配する脱水経路と火山活動への影響

*大坪 誠1、宮川 歩夢1 (1. 産業技術総合研究所地質調査総合センター)
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キーワード:

琉球列島、火山、地震、応力、流体移動

 西南日本弧に沈み込むフィリピン海プレート内部では,深さ100〜200 kmの領域で多数のやや深発地震が発生しており,これらはスラブ内部の脱水過程を反映していると考えられる.しかしながら,火山前線の不連続性や火山分布の非対称性から,既存の蛇紋岩化モデル[1]やホットフィンガーモデル[2]では脱水起源の全容を説明するには不十分である.本研究では,琉球海溝沿いに沈み込むプレート内部で発生した地震の発震機構解を用いた応力逆解析[3]を用いて,スラブ内応力の空間的不均一性とそれによるスラブ内の透水率異方性の分布を評価した.発震機構解データは,九州島から台湾島の西にかけての東経122度から132度までの琉球海溝沿いの火山フロント下で発生した地震であり,1997年1月から2007年7月までのマグニチュード3.3以上で震源の深さが100 km以浅の170イベントを使用した.本研究では,中間圧縮応力σ₂軸の方向に着目し,Sibson [4] および Takahashi et al. [5] による岩石の透水実験結果を踏まえて,最大透水方向と最大応力との対応関係を検討した.その結果,σ₂軸がスラブ沈み込み方向に対して直交するような応力場では,スラブからの深部脱水が促進されることが示された.このようなスラブ内応力場の不均一性は,Christova [6] によって指摘されたように,琉球–九州弧のトカラ海峡を境に100 km以深で顕著な変化を示す.すなわち,北部(九州側)ではスラブ内に下向きの引張応力が卓越し,南部(沖縄側)では圧縮的応力が優勢である.これは,九州西方下のマントルウェッジに高温・低粘性の上部マントルが存在すること[7, 8]と整合的であり,スラブの沈み込み様式およびスラブ内応力構造に影響を及ぼしている可能性が高い.応力逆解析の結果はまた,火山活動や海底熱水系の分布と良い相関を示す.特にσ₂軸がスラブ沈み込み方向に垂直となる領域では,深部からマントルへの脱水経路が開かれ,それに伴うマグマ生成が促進されていると考えられる.一方で,σ₂軸がスラブの走向に平行な領域では,脱水がスラブ内部を側方に拡散する可能性があり,火山活動の発現には至らない可能性も示唆された.本研究は,プレート内部の応力場と岩石物性の関係が,地殻深部の流体移動や火成活動の空間分布を制御するという新たな視点を提供するものである.今後は,地震波トモグラフィ,深部流体化学,および熱構造解析と統合することで,脱水およびマグマ供給経路の三次元的理解を深め,火山発生ポテンシャル評価への応用が期待される.

引用文献:[1]Katayama, I. et al. (2012) Nature Geoscience 5, 731-734; [2]Tamura, Y. et al. (2002) Earth Planet. Sci. Lett., 197, 105-116; [3]Otsubo, M. et al.(2008) Tectonophysics, 457, 150-160; [4]Sibson, R. H.(1975) Geophys. J. R. Astron. Soc. 43, 775-789; [5]Takahashi, M. et al. (2002) J. Japan Soc. Eng. Geol. 43, 43-48; [6] Christova, C.(2004) Tectonophysics, 384, 175-189; [7]Shinjo, R. et al. (2000) Contrib. Mineral. Petrol. 140, 263-282; [8]Zhao, D. et al. (2002) Phys. Earth Planet. Int. 132, 249-267.