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[T5-O-8]物性不均質ジオメトリが規定する応力・歪み分布の時空間変化とスケーリング

*橋本 善孝1 (1. 高知大学)
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キーワード:

メランジュ、ラフネス、レオロジー

 はじめに断層帯の変形様式は、応力状態や物性条件だけでなく、不均質なジオメトリの影響も大きく受ける。特に、断層面の凹凸や、高粘性ブロックが低粘性の基質中に配置された構造は、応力集中や歪みの局在化を誘発し、剪断帯の形成やすべり様式の空間的不均一性に寄与することが近年注目されている。このような構造的凹凸や物性境界は、地震時および準静的な変形過程のいずれにおいても、局所的な力学環境を変化させる可能性があるが、その具体的な役割はまだ十分に解明されていない。本研究では、基質中に存在するブロック構造や断層の凹凸といったジオメトリが応力場および歪み分布に与える影響を整理し、断層変形様式におけるジオメトリ主導のダイナミクスを検討する。不均質ジオメトリが制約するすべりの時空間変化スロー地震と沈み込みプレート境界の構造との関連性は、これまでに多くの研究で報告されている。たとえば、日向灘では沈み込む海山周辺に微動が分布していること(Yamashita et al., 2021, EPS)、南海トラフ浅部においてデコルマ形状と超低周波地震との空間的対応関係がみられること(Hashimoto et al., 2022, Scientific Reports)などが挙げられる。これらの結果は、スロー地震の発生が単なる摩擦特性の違いによるものではなく、プレート境界面およびその周辺の構造的不均質――すなわち海山、凹凸、デコルマ形状といったジオメトリ――によって空間的に制御されていることを示唆している。また、構造性メランジュ中に観察されるブロック内部の引張クラックや小断層の形成も、不均質構造が有するレオロジカル挙動の時空間的変化を反映していると考えられる(Fagereng and Sibson, 2010, Geology; Hashimoto and Yamano, 2014, EPS)。応力・歪み速度の構造依存と変形モード有限要素法を用いたBlock-in-Matrix型のレオロジーモデルは、このような物性不均質構造に依存する変形様式のダイナミクスについて新たな知見を提供している。このモデルでは、安定な粘性変形と局所的な剪断変形の中間に、スロー地震に類似した中間的な変形状態が存在し、その発現は粘性比および境界条件の変形速度に依存することが示された。また、応力および歪み速度の集中は物性境界に生じ、局所化の前後における応力・歪みの再分布において構造が重要な役割を果たすことが明らかとなった。すなわち、応力が局所的に集中して粘性が低下すると、その領域に歪みが集中し、全体として応力と歪みの場が再構成される。この再配分の様式は、構造的不均質――すなわちジオメトリ――に強く依存している。さらに、これらの変形様式の転移は、境界条件速度と剪断帯厚さの比によって支配されるスケールレスな挙動として特徴づけられる。スケーリングと構造の階層性天然の断層帯に存在する不均質構造は、単一スケールで生じるものではなく、しばしばフラクタルな階層性を有している。たとえば断層面の凹凸は、一定のハースト指数に従うパワースペクトルで表現されることから、セルフアフィンな性質を持つとされる(Candela et al., 2011, BSSA)。また、脆性破砕によって生成された粒子の累積頻度もフラクタル分布を示すことが知られている(Otsuki,1998, GRL)。こうした階層的ジオメトリの存在は、スケールに依存しない局所化メカニズムと本質的に整合的であり、ミリメートルからキロメートルに至る多様な不均質スケールにわたって、共通の変形集中プロセスが繰り返されることを意味する。すなわち、ジオメトリのスケーリング構造こそが、断層帯における時空間的なすべり様式の統一的理解を可能にする鍵である。たとえば、シュードタキライトを含む断層帯が構造性メランジュの北縁に位置する例は、物性不均質構造によって変形が空間的に制約されている一例と解釈される。まとめ本研究は、断層帯における変形様式が単なる物性の違いによってではなく、それらの空間的配置――すなわちジオメトリとスケーリング構造――によって動的に規定されることを、多スケールの観察および数値モデルを通じて示した。断層面の凹凸や高粘性ブロックなどの構造的不均質は、応力や歪み速度の集中帯を形成し、すべり挙動の時空間的な変化を支配する。また、これらの不均質構造はしばしば階層的かつフラクタルな特徴を持ち、変形の局所化をスケールに依存せず引き起こす。本研究の知見は、地震発生帯におけるすべり様式の多様性に対する物理的理解を深化させる枠組みを提供するものである。