講演情報
[G-O-35]海洋天然水素ポテンシャルの考察 ―東北沖アウターライズの例―
*倉本 真一1 (1. 国立研究開発法人海洋研究開発機構)
キーワード:
天然水素、アウターライズ、蛇紋岩化作用、メタンハイドレート、しんかい6500
将来の地球環境に配慮した新たなエネルギー資源の1つとして、温暖化ガス排出ゼロの天然水素が世界的に注目されている(例えばHand, 2023)。基本的かつ主要な天然水素発生のメカニズムは、鉄分を多く含んだ岩石と水が比較的高温(数百℃程度)での反応であり、一般的には蛇紋岩化作用として古くから知られている天然現象である(野坂, 2021)。これまで主に陸域で天然水素鉱床探査が行われているが、海洋における天然水素の研究は、まだ報告例が少ない。その中でも、海洋地殻やその下部のマントルと水の反応による天然水素の発生場として、大西洋のLost Cityと呼ばれる中央海嶺から少々離れた場所で天然水素の湧出が発見されている(Kelly et al., 2001)ことは良く知られている。日本周辺海域では、今回検討した東北沖のアウターライズや、マントル物質が海底に露出するフィリピン海プレート上のOCC (Ocean Core Complex)などで天然水素ポテンシャルの可能性があるが、そのほかに、蛇紋岩ダイヤピルの存在が指摘されている伊豆―マリアナ弧の前弧海盆や南海トラフ付加体での断層沿いの冷湧水などでは天然水素が観測されている。本発表では、東北沖のアウターライズに関する既存データからの天然水素ポテンシャルについて検討した結果を報告する。
東北沖のアウターライズは、日本海溝軸から海側(東側)にかけての海溝海側斜面のやや地形的に盛り上がった部分を指し、海溝軸からおよそ100km程度の広がりがあり、水深は7,500~5,300m程度である。日本海溝軸では、120~130Maの太平洋プレートが沈み込み、凸地形の表面は正断層の形成によって地溝―地塁地形が形成されている。弾性波探査結果によると、この正断層群には少なくとも海底下5kmまではVp/Vs値の変化から地下に水が侵入していることが示されている(Fujie et al., 2018)。近傍での地殻熱流量測定では、100mW/m2以上の高熱流量が部分的に測定されており(Kawada et al., 2014)、熱伝導率を考慮すると海底下5km付近の地温は数100℃にはなっている可能性がある。したがって、海洋地殻下部および上部マントルでの蛇紋岩化作用による天然水素の発生が十分期待される。蛇紋岩化作用そのものは発熱反応であり、また体積も膨張するため(20~50%)、地下で蛇紋岩化作用が始めると、自ら断層面を押し広げ(self-fracking)、さらに蛇紋岩化作用を加速させる可能性もある。
東北沖アウターライズ周辺での天然水素はこれまでに報告されていないが、湧水等の可能性を検証するため、改めてJAMSTECの「しんかい6500」による潜航調査データ(ビデオ、スチール写真、潜航記録など)を再検討した。今回使用した潜航データは、「深海映像・画像アーカイブス(https://www.godac.jamstec.go.jp/jedi/j/index.html)」で公開されている。東北沖アウターライズに直接関係する潜航調査は12潜航ある。このうち第373潜航調査(観察者:加藤千明)の映像には、正断層でできた溝の中に黒い流体のようなものが存在することを新たに発見した(未報告)。この流体のようなものは採取されておらず、また観察者も気づいていないので、現在のところ、全く正体不明であるが、1つの可能性としては、正断層の発達によって地下深くまで水が浸透し、周辺岩石の蛇紋岩化作用により天然水素を発生させ、海底付近の二酸化炭素がその水素によって還元されメタンを生成し、それがメタンハイドレートとして存在している可能性を指摘したい。もし蛇紋岩化作用による低温熱水(高pH)が東北沖アウターライズに存在するならば、大西洋のLost Cityで発見されたような炭酸塩チムニーも存在する可能性がある。今後東北沖アウターライズでの蛇紋岩化作用に因る水素湧出の可能性を具体的に検証していく。同時に海洋における様々な天然水素ポテンシャル、特に資源利用としての可能性についても今後検討していく。
引用文献
Fujie G. et al.(2018) Nature Communications, 9, 1-7.
Hand E. (2023) Science, 379, 630-637.
Kawada Y., et al.(2014) G3, 15, 1580-1599.
Kelly, D.S., et al. (2001) Nature, 412, 145-149.
野坂俊夫(2012) 岩石鉱物科学, 41, 174-184.
東北沖のアウターライズは、日本海溝軸から海側(東側)にかけての海溝海側斜面のやや地形的に盛り上がった部分を指し、海溝軸からおよそ100km程度の広がりがあり、水深は7,500~5,300m程度である。日本海溝軸では、120~130Maの太平洋プレートが沈み込み、凸地形の表面は正断層の形成によって地溝―地塁地形が形成されている。弾性波探査結果によると、この正断層群には少なくとも海底下5kmまではVp/Vs値の変化から地下に水が侵入していることが示されている(Fujie et al., 2018)。近傍での地殻熱流量測定では、100mW/m2以上の高熱流量が部分的に測定されており(Kawada et al., 2014)、熱伝導率を考慮すると海底下5km付近の地温は数100℃にはなっている可能性がある。したがって、海洋地殻下部および上部マントルでの蛇紋岩化作用による天然水素の発生が十分期待される。蛇紋岩化作用そのものは発熱反応であり、また体積も膨張するため(20~50%)、地下で蛇紋岩化作用が始めると、自ら断層面を押し広げ(self-fracking)、さらに蛇紋岩化作用を加速させる可能性もある。
東北沖アウターライズ周辺での天然水素はこれまでに報告されていないが、湧水等の可能性を検証するため、改めてJAMSTECの「しんかい6500」による潜航調査データ(ビデオ、スチール写真、潜航記録など)を再検討した。今回使用した潜航データは、「深海映像・画像アーカイブス(https://www.godac.jamstec.go.jp/jedi/j/index.html)」で公開されている。東北沖アウターライズに直接関係する潜航調査は12潜航ある。このうち第373潜航調査(観察者:加藤千明)の映像には、正断層でできた溝の中に黒い流体のようなものが存在することを新たに発見した(未報告)。この流体のようなものは採取されておらず、また観察者も気づいていないので、現在のところ、全く正体不明であるが、1つの可能性としては、正断層の発達によって地下深くまで水が浸透し、周辺岩石の蛇紋岩化作用により天然水素を発生させ、海底付近の二酸化炭素がその水素によって還元されメタンを生成し、それがメタンハイドレートとして存在している可能性を指摘したい。もし蛇紋岩化作用による低温熱水(高pH)が東北沖アウターライズに存在するならば、大西洋のLost Cityで発見されたような炭酸塩チムニーも存在する可能性がある。今後東北沖アウターライズでの蛇紋岩化作用に因る水素湧出の可能性を具体的に検証していく。同時に海洋における様々な天然水素ポテンシャル、特に資源利用としての可能性についても今後検討していく。
引用文献
Fujie G. et al.(2018) Nature Communications, 9, 1-7.
Hand E. (2023) Science, 379, 630-637.
Kawada Y., et al.(2014) G3, 15, 1580-1599.
Kelly, D.S., et al. (2001) Nature, 412, 145-149.
野坂俊夫(2012) 岩石鉱物科学, 41, 174-184.
