講演情報
[T7-P-5]熊本県人吉盆地における人吉層化石林の発達史:土壌構造からの考察
*杉山 春来1、吉田 孝紀1,2 (1. 信州大学大学院総合医理工学系研究科、2. 信州大学理学部理学科)
キーワード:
鮮新世、堆積環境、古土壌、人吉層、化石林
はじめに
化石林は樹木が生育位置で直立したまま埋没して保存された現地性の樹木化石群であり,その存在は埋没時直前にその地に草原または森林が成立し,土壌が形成されていたことを示す.樹幹の根の長さ・分布・伸長方向は,洪水頻度や地下水位の深さなど当時の水分条件を定量的に読み解く手がかりとなる,と考えられている(Retallack, 2001).
熊本県人吉盆地の鮮新統人吉層(田村ほか,1962; 鳥井ほか,1999)では,球磨川河床に多数の直立樹幹が保存された化石林が分布し,その周囲に古土壌が発達する.古土壌に発達する団粒構造・集積粘土の構造・有機物の形態などの微細構造は,土壌化の進行度や酸化・還元状態を反映するため(Retallack, 2001),陸上環境を復元する上で重要な指標となる.本研究では,人吉層に発達した古土壌を用いて当時の陸上環境を復元するため,堆積相解析により化石林が発達した地形的条件を推定し,古土壌薄片の微細構造観察から土壌化の進行度を評価し化石林成立の要因を明らかにした.
地質概説
人吉層は,四万十帯および肥薩火山岩類を源とする礫岩・砂岩主体の下部と,凝灰質泥岩が優勢な上部に二分されている(田村ほか, 1962).その年代は挟在する凝灰岩の K–Ar 法により高精度で求められており,人吉層下部の船戸凝灰岩部層が 2.72 ± 0.25 Ma,人吉層上部の山田凝灰岩が 2.58 ± 0.08 Ma と報告されている(鳥井ほか, 1999).人吉層下部については,林ほか(2007)が堆積相解析を行い,湖周辺に発達したファンデルタ堆積物と解釈している.人吉層上部からはヒシ(今西・宮原, 1972),淡水二枚貝(田村ほか, 1962),淡水海綿(松岡ほか, 2006)など,湖沼環境を示唆する化石群が報告されている.
今回報告する化石林は礫質な河道堆積物と氾濫原堆積物 で特徴づけられる礫質網状河川堆積物中の氾濫原相に発達する.また化石林は人吉層下部(扇状地堆積物)と人吉層上部(湖成層)の境界付近に位置する.
化石林の古土壌の特徴
人吉層下部の化石林層準に認められる古土壌プロファイルは,黒色で有機質に富む A 層,粘土集積と団粒構造が発達する B 層,堆積構造がほぼ保存され,土壌化の影響が最小限の C 層 からなる土層分化を示す.露頭全体にわたり明瞭に土層分化した古土壌が複数重なる.また,本来は A 層から C 層まで土層分化していた古土壌プロファイルも,古地表面の削剥により主として A 層上部が,場合によっては B 層上部までも欠落した不完全な形で保存されることが多い.
本研究では,各土壌層位について 有機物の形態,集積粘土の発達様式,団粒構造の階層性に着目し,薄片観察に基づく詳細記載を行った.その結果,団粒構造は(1)土層に局所的に0.2㎜程度の小さな団粒が形成される段階(初期段階),土層全体に0.2-0.5㎜サイズの団粒が発達する段階(発展段階),(3)0.2㎜サイズの小さな団粒が結合して生じた2-5㎜サイズの大型の角ばった団粒が発達する段階(成熟段階),の3つに区分された.
議論
これら多様な団粒構造は,洪水後に供給された新鮮な堆積物が微生物活性と有機物分解の進行に伴って土壌化を開始する初期段階,団粒化が進行して土壌生物群の活動が著しく活発化し,植生と気候が比較的安定する発展段階,さらに団粒間孔隙が発達して保水機能が向上し,高度に安定した土壌環境が維持される成熟段階へと移行する,連続的な土壌生成サイクルを示している.このような土壌生成サイクルは,氾濫原の拡大と旧流路の放棄が繰り返されるなかで,安定期に長期的な土壌化が促進されるような古環境を反映していると考えられる.大型の団粒構造は,洪水で運ばれた団粒を含む堆積物が後に再び土壌化したか,あるいは地表面の更新によって新たな土壌化と団粒構造の形成進んだことを示唆する.こうした洪水‐安定サイクルの下でも河畔林は維持されており,洪水のような攪乱要因が存在しながらも温暖湿潤な気候条件のもとで河畔植生が更新を繰り返して持続したと結論づけられる.
引用文献
林ほか. 2007, 熊本大学教育学部紀要, 56, 71-77. 今西・宮原, 1972, 熊本大学教養部紀要, 7, 27-31. 松岡ほか, 2006, 豊橋市自然史博物館報, 16, 31-37. Retallack, G. J., 2001, Blackwell, Oxford, 404p.田村ほか, 1962, 熊本大教育学部紀要, 10, 49-56. 鳥井ほか, 1999, 地質雑, 105,585-588.
化石林は樹木が生育位置で直立したまま埋没して保存された現地性の樹木化石群であり,その存在は埋没時直前にその地に草原または森林が成立し,土壌が形成されていたことを示す.樹幹の根の長さ・分布・伸長方向は,洪水頻度や地下水位の深さなど当時の水分条件を定量的に読み解く手がかりとなる,と考えられている(Retallack, 2001).
熊本県人吉盆地の鮮新統人吉層(田村ほか,1962; 鳥井ほか,1999)では,球磨川河床に多数の直立樹幹が保存された化石林が分布し,その周囲に古土壌が発達する.古土壌に発達する団粒構造・集積粘土の構造・有機物の形態などの微細構造は,土壌化の進行度や酸化・還元状態を反映するため(Retallack, 2001),陸上環境を復元する上で重要な指標となる.本研究では,人吉層に発達した古土壌を用いて当時の陸上環境を復元するため,堆積相解析により化石林が発達した地形的条件を推定し,古土壌薄片の微細構造観察から土壌化の進行度を評価し化石林成立の要因を明らかにした.
地質概説
人吉層は,四万十帯および肥薩火山岩類を源とする礫岩・砂岩主体の下部と,凝灰質泥岩が優勢な上部に二分されている(田村ほか, 1962).その年代は挟在する凝灰岩の K–Ar 法により高精度で求められており,人吉層下部の船戸凝灰岩部層が 2.72 ± 0.25 Ma,人吉層上部の山田凝灰岩が 2.58 ± 0.08 Ma と報告されている(鳥井ほか, 1999).人吉層下部については,林ほか(2007)が堆積相解析を行い,湖周辺に発達したファンデルタ堆積物と解釈している.人吉層上部からはヒシ(今西・宮原, 1972),淡水二枚貝(田村ほか, 1962),淡水海綿(松岡ほか, 2006)など,湖沼環境を示唆する化石群が報告されている.
今回報告する化石林は礫質な河道堆積物と氾濫原堆積物 で特徴づけられる礫質網状河川堆積物中の氾濫原相に発達する.また化石林は人吉層下部(扇状地堆積物)と人吉層上部(湖成層)の境界付近に位置する.
化石林の古土壌の特徴
人吉層下部の化石林層準に認められる古土壌プロファイルは,黒色で有機質に富む A 層,粘土集積と団粒構造が発達する B 層,堆積構造がほぼ保存され,土壌化の影響が最小限の C 層 からなる土層分化を示す.露頭全体にわたり明瞭に土層分化した古土壌が複数重なる.また,本来は A 層から C 層まで土層分化していた古土壌プロファイルも,古地表面の削剥により主として A 層上部が,場合によっては B 層上部までも欠落した不完全な形で保存されることが多い.
本研究では,各土壌層位について 有機物の形態,集積粘土の発達様式,団粒構造の階層性に着目し,薄片観察に基づく詳細記載を行った.その結果,団粒構造は(1)土層に局所的に0.2㎜程度の小さな団粒が形成される段階(初期段階),土層全体に0.2-0.5㎜サイズの団粒が発達する段階(発展段階),(3)0.2㎜サイズの小さな団粒が結合して生じた2-5㎜サイズの大型の角ばった団粒が発達する段階(成熟段階),の3つに区分された.
議論
これら多様な団粒構造は,洪水後に供給された新鮮な堆積物が微生物活性と有機物分解の進行に伴って土壌化を開始する初期段階,団粒化が進行して土壌生物群の活動が著しく活発化し,植生と気候が比較的安定する発展段階,さらに団粒間孔隙が発達して保水機能が向上し,高度に安定した土壌環境が維持される成熟段階へと移行する,連続的な土壌生成サイクルを示している.このような土壌生成サイクルは,氾濫原の拡大と旧流路の放棄が繰り返されるなかで,安定期に長期的な土壌化が促進されるような古環境を反映していると考えられる.大型の団粒構造は,洪水で運ばれた団粒を含む堆積物が後に再び土壌化したか,あるいは地表面の更新によって新たな土壌化と団粒構造の形成進んだことを示唆する.こうした洪水‐安定サイクルの下でも河畔林は維持されており,洪水のような攪乱要因が存在しながらも温暖湿潤な気候条件のもとで河畔植生が更新を繰り返して持続したと結論づけられる.
引用文献
林ほか. 2007, 熊本大学教育学部紀要, 56, 71-77. 今西・宮原, 1972, 熊本大学教養部紀要, 7, 27-31. 松岡ほか, 2006, 豊橋市自然史博物館報, 16, 31-37. Retallack, G. J., 2001, Blackwell, Oxford, 404p.田村ほか, 1962, 熊本大教育学部紀要, 10, 49-56. 鳥井ほか, 1999, 地質雑, 105,585-588.
