講演情報

[G-P-22]田辺湾における現生底生有孔虫群集の分布と海洋環境との関係

*辻本 彰1、小林 哉太1、入月 俊明1 (1. 島根大学)
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キーワード:

底生有孔虫、黒潮、環境評価、田辺湾

 田辺湾は紀伊半島の南西岸に位置し,黒潮による外洋水の影響を受けて,南方系の種を含む多様な生物が生息している.湾口部は開放的な地形を呈している一方で,湾の南部は閉鎖的な地形となっており,古くから養殖漁場として利用されてきた.近年では漁獲量の減少が見られ,湾内の貧栄養化が課題として指摘されている.
底生有孔虫は汽水~海洋性の有殻単細胞生物(メイオベントス)であり,少量の泥試料から多量の個体が見込まれる.また,環境の変化に鋭敏に反応することから,汽水~海洋生態系の動態を理解するための指標生物として有効である.
田辺湾においては,Uchio(1962),Chiji and Lopez(1968),紺田・千地(1989)によって1950年代,1960年代,1980年代の表層堆積物中の底生有孔虫の分布が報告されており,過去の研究と比較することで近過去の時空間的な環境の変化を議論することが可能である.本研究では,田辺湾における現生底生有孔虫群集の分布と海洋環境との関係を明らかにするとともに,1950年代以降の環境変化を明らかにすることを目的としている.
底質試料は2023年11月21日に,スミスマッキンタイヤ採泥器を用いて採取され,表層1cmを分析用に分取した.試料採取時には,CTD(Conductivity Temperature Depth profiler)を用いて水温と塩分の鉛直プロファイルの測定を行った.採取した底質試料は63 µmの篩上で水洗し,ローズベンガル法によって遺骸殻と識別するために生体染色を行った.その後75 µmの篩で篩い分けを行い,双眼実体顕微鏡下で生体有孔虫を抽出し,種の同定を行った.
Qモードクラスター分析の結果,9地点の試料は群集を構成する種の違いにより大きく3つのクラスター(A,B,C)に分類され,さらにクラスターCは3つのサブクラスター(C-I,C-II,C-III)に細分された.クラスターAとBは湾奥部,クラスターCは湾央部から湾口部にかけての地点に位置し,サブクラスターごとにみると,C-Iは湾央部,C-IIおよびC-IIIは湾口部に分布していた.多様性の指標は,湾奥部のクラスターAが最も低く,湾央部のサブクラスターC-I,湾口部のサブクラスターC-IIおよびC-IIIの順に高くなっていた.これらの結果から,田辺湾の底生有孔虫群集は,湾奥から湾口にかけての環境勾配に伴って変化していることが示唆される.特にサブクラスターC-III(地点72)は最も高い多様性を示し,熱帯・亜熱帯性の大型底生有孔虫Operculina ammonoidesの産出によって特徴づけられた.本種は日本では沖縄や鹿児島に分布しており(Hohenegger, 2014),黒潮の影響が示唆された.また,膠着質殻有孔虫の占める割合は,湾奥部のクラスターAで平均52%と高かったのに対し,湾央部〜湾口部のクラスターCでは平均16%となり,湾奥部では膠着質殻有孔虫が優占する多様性の低い群集が形成されていた.なかでも湾奥部で最も頻度が高かった種はEggerella scabraであり,本種は1950年代や1960年代には報告がないことから,それ以降に優占種になったと考えられる.

引用文献:Chiji and Lopez (1968) Publ. Seto Mar. Bioi. Lab., 16 (2), 85-125. Hohenegger (2014) Gondwana Res., 25, 707-728. 紺田・千地(1989)日本列島の有孔虫,105-110.Uchio (1962) Publ. Seto Mar. Bioi. Lab., 10 (1), 133-144.