講演情報

[G-P-40]石川県珠洲市の法住寺層から得られた石灰質微化石と中期中新世温暖期の古海洋環境

*飯島 賢士1、林 広樹2、関 有沙3、吉岡 純平4、山田 桂5 (1. 国土防災技術株式会社、2. 島根大学、3. 深田地質研究所、4. 国立極地研究所、5. 信州大学)
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キーワード:

中期中新世、貝形虫、浮遊性有孔虫、日本海、能登半島

 はじめに: 16.9 Ma~14.7 Maの期間はMCO(Miocene Climatic Optimum)と呼ばれる汎世界的な温暖期であり,国内においても門ノ沢動物群と呼ばれる熱帯-亜熱帯棲動物化石の産出が各地で報告されている(鎮西, 1986).また中新世には数10~120万年オーダーの寒冷化(Miイベント)が複数回にわたり生じたことが知られている(Miller et al., 2020).MCOの期間中に起こったMi-2に相当する地層の分布は,能登半島や岩手県など限定的であり,日本海におけるMi-2の影響や,それに伴う海洋環境は不明な点が残されている.本研究では, 石灰質微化石を豊富に産する石川県珠洲市南部の法住寺層を対象に,Mi-2における日本海の表層,底層環境の変化を明らかにするため,貝形虫化石と浮遊性有孔虫化石の群集解析を行った.

試料および結果:調査地である石川県珠洲市磐若川ルートの岩相は,下位から珪質堆積岩,炭酸塩堆積岩,砕屑性砂岩からなる.これらは法住寺層の中~上部に相当する.同ルートから計42試料を採取し,貝形虫と浮遊性有孔虫の化石を抽出した.その結果,19試料から貝形虫化石が,12試料から浮遊性有孔虫化石が産出した.磐若川ルートで得られた法住寺層の貝形虫化石群集は,主に温帯の陸棚域に主分布域を持つ種であったが,東シナ海以南や太平洋の暖流影響下に主分布域を持つものも多産した.そのうち,対馬暖流の指標となるHirsutocythere ? hanaii以外は現在の日本海にはほとんど生息していない種であった.因子分析を行った結果,第4因子までで全分散の79.60%を説明し,第1因子はParacytheridea echinataが高い因子得点を示す亜熱帯浅海環境,第2因子はAcanthocythereis munechikaiが高い因子得点を示す暖温帯中層環境,第3因子はCornucoquimba tosaensisが高い因子得点を示す温帯浅海環境,第4因子はSchizocythere kishinouyeiが高い因子得点を示す冷温帯浅海環境の環境が示唆された.浮遊性有孔虫化石については,亜熱帯~暖温帯に主分布域を持つ(松浦ほか,2013)Globigerina angustiumbilicataが,磐若川ルートの中部において最も多産した.

考察:貝形虫化石の因子分析結果では,法住寺層下部は冷~中間温帯の浅海帯~上部漸深海帯群集から亜熱帯の漸深海帯群集を経て寒冷・浅海化に至る変化が認められた.柳沢(1999a)の珪藻化石層序に基づけば,これらの浅海化はMiller et al.(2020)の変動曲線から求められたMi-2の汎世界的な海水準の低下とおおむね整合的である.加えて,少なくとも当時の珠洲市周辺は一貫して引張応力による深海化が優勢であったことから(吉川ほか,2002)地域的な構造運動による水深の変化とは考えにくく,気候変動によるものであると考えられるまた,本研究ではMiイベントに相当する気候変動より短時間の古水深変動が認められた.本研究ルートの最上部に見られた砕屑性砂岩部に対比される富山県八尾地域の東別所層塩谷砂岩層(柳沢,1999b)においても,MCOの高海水準期に小規模な古水深変動が見られており,能登半島周辺に共通する古水深変動の可能性がある.
磐若川ルートで得られた法住寺層の貝形虫化石群集は,優占種に多少の違いはあるものの,亜熱帯-中間温帯の浅海性種が全ての層準にわたって産出した.Ozawa(2003)をもとに現代の日本海に生息する種と比較すると,法住寺層からは対馬暖流に卓越する温帯系の浅海種に加えてCytheropteron rectumのような亜熱帯に主分布域を持つ浅海性種の産出が認められた.現代の対馬暖流表層の水温は15~25℃であるため,寒冷化した期間を含めてもその温度と同等か,あるいはそれ以上であったと考えられる.また浮遊性有孔虫化石の亜熱帯種の産出割合から,本研究ルートの中部において暖流の影響が最も強くなったと考えられる.

引用文献:鎮西(1986) 月刊 海洋科学, 18, 181-187. Ozawa (2003) Paleontological Research, 7, 257-274. Miller et al. (2020) Science Advances, 6, 1-15.松浦ほか (2013) 地質学雑誌, 119, 312–320.柳沢(1999a) 地質調査所月報, 50, 167-213.柳沢 (1999b) 地質調査所月報, 50, 139-165.吉川ほか (2002) 産業技術総合研究所地質調査総合センター, 76p.