講演情報

[T3-O-15]南部フォッサマグナ地域の日本酒仕込み水の水質と文化地質学

*久田 健一郎1、藪崎 志穂2、唐田 幸彦3 (1. 文教大学、2. 総合地球環境学研究所、3. 株式会社ダンク)
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【ハイライト講演】久田氏は,これまでに北海道を除く日本列島の日本酒仕込水の水質と地質との関係,さらには仕込水の性質が清酒醸造に与える影響について調査をおこなっている.今回は南部フォッサマグナの中心地である山梨県での調査結果を発表する.また,調査地域の名産として名高い山梨ワインについても考察をおこなう.(ハイライト講演とは...)

キーワード:

酒仕込水、南部フォッサマグナ、縄文時代

久田ほか(2023)は北海道を除く日本列島の日本酒仕込水の水質と地質との関係,さらには仕込水の性質が清酒醸造に与える影響について考察した.今回南部フォッサマグナの中心地である山梨県の日本酒仕込水の水質と地質の関連性に関わる分析とその文化地質学的検討を行う機会を得たので,その成果の一部を報告する.山梨県地域の地質は①西南日本外帯(その延長部)の付加体地域・②伊豆半島衝突付加地塊と周辺地域・③花崗岩地域・④活火山地域に区分できる.また山梨県の水系は,富士川水系・桂川水系・二級水系(富士五湖)・多摩川水系からなる.
 仕込水及び湧水及び河川水の主要溶存無機イオン8成分(Ca2+・Mg2+・Na+・K+・Cl・SO42-・NO3・HCO3)の水質分析を行った.その結果,地質ごとの水質にある程度の違いが認められた.まず,トリリニアダイヤグラム上では,③花崗岩地域と④活火山地域の水で比較的似たような特徴を示すことが確認された.具体的に示すと,③花崗岩地域と④活火山地域ではCa2+とMg2+の比率は相対的に低く(Na+とK+の比率が相対的に高く),HCO3の比率が相対的に高い(Cl,SO42–,NO3の比率が相対的に低い).とくに,①西南日本外帯の水ではHCO3(炭酸水素イオン)の割合が相対的に低いことも読み取れる.
 次に,シュティフダイアグラムの結果において,SO42–(硫酸イオン)濃度は①西南日本外帯と②伊豆半島衝突付加地塊の水で高い値を示す地点が多い.日本では火山や温泉,鉱山などの影響を受けている場合を除き,一般的に地表水や地下水ではSO42–濃度は比較的低い値を示すことが多いため,この点において①西南日本外帯と②伊豆半島衝突付加地塊の水質は特徴的であると言える.①と②の水では溶存成分量は相対的に高いが,③花崗岩地域と④活火山地域の水では低い地点が多いことも特徴として挙げられる.また,③と④地域ではCa2+とMg2+の濃度が低いため,結果として硬度も低くなり,軟水の特徴を示す地点が多い.このような水質の違いは,花崗岩のマサ化の程度や火山を構成する火山灰の降灰規模に起因した滞留時間によるものと推定される.今回示した溶存無機イオンの他に,微量元素濃度や水の酸素や水素,ストロンチウムの安定同位体比等を用いることで,地質と水との相互関係がより明瞭に把握できるものと期待されるが,これは今後の課題である.
 山梨県のワイン生産の歴史は大変古く,縄文時代にはすでにその原形があったのではないかと指摘されている.県内から産出する深鉢型土器,水煙文土器など「縄文アート」といえる土器群の中に,有孔鍔付土器がある.有孔鍔付土器の用途に関してさまざまな見解が示されているが,最も可能性が高いのは酒道具といわれている(山梨県考古博物館,1984).この土器の中から山ブドウの実らしき炭化物が発見され,小孔は発酵の際のガス抜き孔と考えられた.日本酒醸造は米栽培が当地にもたらされた弥生時代以降と考えられるが,その詳細は不明である.
 八ヶ岳を中心とした中部高地は,縄文時代の石器の材料である良質の黒曜石を長野県下諏訪町の和田峠周辺で産出し,その交易エリアは和田峠を中心に半径200㎞におよぶ.川幡(2009)は,縄文時代中期には100㎞2当たりの人口は,関東地方で300-450人,中部地方で200-300人と見なした.そして縄文時代の西日本の人口密度は東日本の10分の1にも満たないとしている.このように中部地方に人口集中した理由は,石器の原材料だけによるものであろうか.これは古代人の精神的,文化人類学的観点も必要であろう(中沢,2021).アニミズムを基本とする「山並み-神々-酒」の影響も見逃せないと考える.とくにフォッサマグナの西側には北,中央,南アルプスの高峰が並び,それらの神聖な山容に圧倒される.酒が生み出す陶酔状態は神々と古代人の交流媒体ともいえること(小泉,1982)から,富士山,八ヶ岳,そして中部高地の前面に聳える甲斐駒ヶ岳などが古代の酒造りを支えてきたのかもしれない.現代の山梨県の酒造りは,伊豆半島弧衝突帯や火山フロント,および四万十付加体の様々な地質体が生み出す多様な地下水に支えられていることが窺える.
文献 久田健一郎ほか(2023)地質学会第130年学術大会.川幡穂高(2009)縄文時代の環境 地質ニュース659,11-20.小泉武夫(1982)酒の話 講談社現代新書.中沢新一(2021)アースダイバー神社編 講談社.山梨県考古博物館(1984)縄文時代の酒道具-有孔鍔付土器展-(解説書).

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